ひとつのはじまりの記憶
望美。神子。先輩。望美ちゃん。
重なり合う声が怨霊に対峙しながらも必死に呼び続ける中、彼女を呼ぶ声を発さないのはと知盛だけ。それだけのゆとりがないというのがの理由だろう。そして知盛は、時折り状況を確認するためうにちらと視線を投げるだけで、後は素知らぬ様子で戦闘に没頭するのみ。
あの鏡はきっと、望美の内面を映し出す一端なのだろう。この迷宮が彼女の心の隙間に築かれたものであるなら、そんな不条理さえも理に適ったことのように思える。
そうだ、きっとここではありとあらゆる“ありえない”ことがありえる。
だからこそのこの絶望であり、だからこそ、彼女はこの絶望を乗り越えうる。いや、乗り越えねばならない。そう、知盛は確信している。
ふと耳に届いたのは、本当に微かな旋律だった。あまりにも状況にそぐわぬそれに、ついに己は幻聴が聞こえるほどどこかを壊してしまったのかと、それこそ場にそぐわぬ自嘲の笑みを刻み、音源を求めて視線を走らせる。
――Amazing grace how sweet the sound. That saved a wretch like me.
だが、反応を示しているのは己ぐらいなもの。相変わらず目の前の敵と相対することで必死なは周囲など意識の外のようだし、それぞれに怨霊と対峙する面々はやはり変わらず望美を呼び続けている。そして、その呼ばれているはずの鏡の向こうの望美が、目を大きく見開いて虚空を凝視しているのを、視界の隅に捉える。
――I once was lost but now am found,
見えなかったものを、今は見出すことができる。
鼓膜を震わせる音とは違う言語が脳裏に直接響く絡繰りに、興味はない。ただ、ソレが現状を打破する要因になるなら、それでいい。
――Was blind but now I see.
お前が何を見つけたのだとしても、見失っていたのだとしても。
俺は、俺の日常へと帰るだけだ。
Fin.