純化され過ぎた祈りの結末
真摯な表情で敦盛が語ったのは、の知らない史実の一幕。源平合戦が両家の和解によって終結したという、とてもではないが信じられない、しかし彼らの紡いだ現実の一端。
「“知盛”殿も、“胡蝶”殿も、役を終えられた。身を引かねばならないとおっしゃっていたし、そうすることで、きっと平家の終焉を体現してくださったのだろうと思う」
それはくしくも、知盛が朔に語った推測の内容だった。戦乱の終結には象徴が必要であり、立場を客観的に認識する者こそが、その責を担うのだろうと。
「それをもって終わりにせよと、私達は神なる存在に告げられている。もう、巻き込んではならないのだと。だから、仮にあなた方が必然によってこの件に関わるのだとしても、私達の事情を押しつけるのは、正しくないのだろう」
「もちろん、踏み込んでくれるなら、オレは歓迎するけどね?」
「……ヒノエ」
あくまで生真面目な言葉を引き取り、さらりと混ぜ返したヒノエに敦盛が表情を曇らせる。
「私は、真面目に話しているんだぞ」
「オレだって真面目だぜ? ただ、可能性の幅を狭めたくないだけさ」
ひょいと肩をすくめ、ヒノエはあっけらかんと笑う。
奔放さと老獪さを混ぜ合わせた、実に複雑で奥深い笑みだった。きっと、底を見つけようとして覗き込めば、あっという間に呑まれてしまう。時代の差なのか、人間性の違いなのか。いずれにせよ、まるで敵わないとぼんやり考えながら、はヒノエの言葉を聞く。
「オレは言ったね。夢に導かれたんなら、この件はお前と無関係ではない。これはきっとしがらみで、そして天命だ。だから、腹を括って関わり合うのは必然だと思うよ」
けれど、知盛も言っただろう? 当事者であることは事実でも、関わり方はまた別だって。
「オレ達は、あの迷宮を介して同じ立場に立てるし、協力もできる。でも、目指すものがずれているのも事実だろうから、それはそれでいいんだよ」
「そういうものなの?」
「そういうものだろ?」
くすくすといたずらげに笑う瞳が、ひどく鋭い光を弾く。
「だって、結局やることは変わらないじゃないか。こうして怪異を探して、あの迷宮の真理に辿り着く」
目的も、見方も、立場も。何もかもが異なっていても、辿る道は同じで、選ぶ手段は同じ。
「畢竟、目指す先はひとつに絞られる。だから、オレ達のことは気にしなくていい。お前はお前の思うように進めばいいんだ」
そうすることが、つまりは理に適うことであり、互いにとって一番の利になることだろうからね。
優しい子達だな、と思う。差し向けられる気遣いも、揺るぎ無く示されるその思いも。自分よりずっと深く、豊富な経験を積んでいると感じ取れる相手に抱くにはいささか無礼なのかもしれないが、ひたすらに湧く微笑ましさは殺せない。
どうぞ、彼らに幸多かれ。踏み越えてきた苦難を補って余りあるほどに、幸福な未来が待っていればいい。そのためには、まずは彼らを在るべき世界へと還してやらねばなるまい。
「この間の、あの、紫水晶なんだけど」
あたたかく穏やかに、包み込んでくれる空気にどうしようもないありがたさを噛み締めて足を運びながら、は告げてはならないだろうかと煩悶していた思索を、そっと言の葉に託した。
「あれをもらってからね、見る夢が増えたの」
自分へと向けられる意識が、それぞれに鋭さを増すのを感じ取る。纏う空気の変化を感じ取ることなど、これまではできもしなかった。鎖されていたのは、何も剣の腕ばかりではなかったらしい。
「細かいことは、覚えていないわ。でも、最初に見たあの夢と違うのはわかる。怖い、というのは同じなんだけど、種類が全然違う怖さなのよ」
「聞いてないぞ」
「言えば、だって心配してくれるでしょ?」
苦々しさを微塵も隠さずに反駁してきた知盛を振り仰ぐことができなくて、はつま先の動きを見つめながら小さく言い訳を紡ぐ。
「あなたを巻き込んじゃったのは、わたしが変なことを言ったからだもの。これ以上は、嫌だったの」
告げれば、またどこか見知らぬ、深いところへと踏み入ってしまいそうな気がしていた。良かれと思って踏み入った先でまた彼が傷ついたりしてしまったら、もう耐えられないと恐怖している。
Fin.