朔夜のうさぎは夢を見る

純化され過ぎた祈りの結末

「それは、この件をお前が複雑に考え過ぎているだけだろう?」
 周辺事情に目を向けなければ、という制約はつくが、因果はそもそもしっかりしている。つまり、再び望美が件の青年に出会い、“心のかけら”を入手すれば迷宮は先に進めるだろう。だが、その青年が何者であるかもわからなければ、どうすれば出会えるかもわからず、“心のかけら”を手に入れるだけでは扉は開かれない。
 とにかく、どうしようもない以上は進める範囲で迷宮を探索するか、街中で起きる異変を探して出歩くことしかできないのが実情だ。せっかく頭数だけは豊富だからと、好きなように自分の関心を調べに行く者もある。そして、今のや知盛達のように、小チームを組んで街中での怨霊退治に赴く者も。
「過程から結論を読もうとするな。結論を据えて、そこに向かって仮定を組み立てれば、そんなに混乱することもない」
 今日のパーティーは、に知盛、敦盛、ヒノエの四名。根本の目的として龍脈の乱れの原因を探るという野望もあるため寺社仏閣を渡り歩くコースを選んだのだが、これまでのところ遭遇するのは怨霊がせいぜいである。


 ついでだから異変の起きた場所も押さえておこうと、佐助稲荷を経由してから大通りに戻る道すがら、ついに内心で渦巻く疑念をが口にしてしまったのは、これまで感じられなかった不穏さを稲荷の境内で覚えたからだ。
「お前のそもそもの目的は、あの妙な夢の原因を突き止めることだろう?」
 何か、何か見落としていることがある。目の前に横たわる一番の謎はもちろんあの迷宮なのだが、それを単純に解き明かすだけでいいのだろうか。この件は、もっと根深い何かに通じているような気がしてならない。
 まとまらない思考を必死に言葉に置き換えて、たどたどしく訴えてみれば知盛は実にあっさりその懸念を両断する。
「そこに繋がると判断したから、俺達はコイツらと行動を共にしている。それだけだ。解き明かして、それで答が出ればよし。答えが出なければ、ひとつ懸念材料が消えたと判断して、次を探せばいい」
 違うか。あまりに理路整然と説かれたのは、気づけば目的を忘れていたの本来のきっかけ。悩んでいた内容を綺麗に整頓してもらえるのは実にありがたいが、協力し、協力してもらっている相手に聞こえる範囲で「今は利害が一致しているだけだ」と断言するのはいかがなものか。少々気まずい思いで、は前方を歩くヒノエと敦盛に視線を移す。


 気配に聡い性質なのだろう。見やった先からそれぞれに振り返り、ヒノエと敦盛はしょうがないといった風情で淡く苦笑を浮かべる。
「随分と、遠慮のない物言いだね」
「変に媚びるより、わかりやすくていいだろう?」
「まあ、それは同意するよ」
 けろりと言い放つ知盛は、きっとすべてをわかって言葉を選んでいる。図太いというか、傍若無人というか。なんだか居たたまれなくなってしまって視線が泳いだ先では、同じように遠慮のない物言いのヒノエに困惑したのか、敦盛が浅く眉根を寄せている。
「けどね、姫君。知盛の言うことは正論だ。思いを寄せてくれるのは嬉しいけど、オレ達に気兼ねする必要はないんだよ?」
「……ヒノエの言うとおりだ」
 宥めるように微笑みながら告げるヒノエをそっと見流し、表情を改めた敦盛もまた言葉を繋げる。
「失礼なことだろうが、私には、あなた方が私の知るあの方々の魂の行き着いた先と、そう思えてならない」
 静かな声が、どこか苦しげに、歪む。
「だが、だとすればなおのこと、こうして巻き込むのは、あってはならないはずだった」


 今日の外出に、そもそも敦盛が同伴する予定はなかった。一緒に行こうかと話していたのは譲であり、聞きつけたヒノエがのっかった。けれどその譲が急に部活関係の所用で呼び出されたということで、代わりに玄関に引っ張ってこられたのが敦盛だったのだ。
 将臣から聞いていた事情もあったし、そもそも、でこの束の間の異色混合パーティーを完全に融合させる必要はないだろうという醒めた思考をどこかで持っていた。知盛の言い分ではないが、あくまで自分達は協力関係にあるのであり、それ以上ではありえない。無論、それ以上になれるのならなればいいが、無理に絆を繋ぐには、彼らが抱えるものが重すぎることを知ってしまった。
 ゆえにこそ、血縁というどうしようもないしがらみまで背負ってしまっている敦盛とは、きっとこのままよそよそしい距離でい続けるのだろうと思ったし、それが無難かもしれないと判じていた。そして、その判断が相手の深さを侮ったものであったという可能性を、こうして突きつけられている。

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Fin.

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