純化され過ぎた祈りの結末
夢が過ぎれば現実が戻ってくる。改めて迷宮の謎を解くことへのやる気を高めたからということで早速、何かしらヒントに出会えないものかと現場に赴いた一行は、意外にもあっさりと開かないはずの扉を突破することに成功した。
「なんか、開いたら開いたで妙な気分ですね」
「まあ、仕組みがわからないことにはね」
きっかけとなったのは、二日前、が連絡を取った際ににふらりと姿を消していたという望美が不思議な青年からもらった“心のかけら”なる存在。当人に害はなく、むしろあたたかな感じがするとの申告によって深く追求はされなかったが、あんな得体の知れないものが体に吸い込まれるという現象を放置するのは、確かに妙な気分だろう。
もっとも、龍神にまつわるあれこれは、こうした不可思議な現象をまま伴うものであるらしい。自分ほど深い衝撃を受けずに現状に適応している周囲を見て、は己の感性がどこかずれているのだろうかとひそかに思い悩んでしまう。
進むには進めた。だが、それですべてではなかった。結局、進んだ先にある新たな扉に行く手を遮られ、引き返さざるをえなくなった一行が向かったのは途中で見かけた階段。とにかくできる限りこの迷宮の全容を把握しようと、塔に上った彼らが見たのは、想像以上に広大な風景だった。
唖然と、あるいはいっそ感嘆しながらぐるりと見渡す中で、小さく声を上げたのは譲。
「どうかしましたか?」
ぽつんと呟いた程度の声をすかさず拾い、弁慶が譲と視点を合わせるように首を巡らせる。
「見えますか? あの、端の塔。あれと同じものが、四隅にあるんですけど」
「ああ、そうですね」
言いながら指さされた先には、まるでこの空間を区切るかのように聳え立つ揃いの塔。頷きながらも確認するように四方に視線を飛ばす弁慶に、譲はさらに続ける。
「上についている青い石が、あるのとないのがあるんです」
「あれ、私がもらった石と似てる」
示された先をよく見ようと身を乗り出して、望美は声を驚愕に上ずらせる。
「うん。間違いない。色も形もそっくり」
何か関係があるのかな、と、思案気に首を傾げて体を戻す様子を横目に、はそれぞれに異なる表情を浮かべる八葉を観察する。
すべてのカギを握るのは、望美と、望美の出会うという不可思議な人物が渡してくれる“心のかけら”なる存在。それは全員で共有している認識だったが、どうやらその先への洞察は個々によって異なるらしい。
なるほど、昨晩知盛が言っていたのはこのことか。それぞれが何か、きっと浅からぬ真理に触れている。だというのに、それぞれの思惑があるがゆえに、掴んだ欠片を共有できずにいる。
関係者でありながら当事者にはなりきれないのが、の立場であり知盛のスタンスだった。だからこその隔たりはどうしようもなく、だからこそ見えるものがあるのも、また事実。
「いずれにせよ、先に進めないことにはどうしようもありませんね」
溜め息交じりに呟いた弁慶の言葉をきっかけに、帰路を進みながら重ねるのは際限の見えない怨霊との戦闘。街中を歩いている時とは比べ物にならない頻度で湧いてくる怨霊を次から次へと封印し、そこここに点在する宝箱を調べて歩く。
それらもすべて、何やら望美にまつわるものであるらしいのだが、にはその詳細を知る術はない。そして、すべてのきっかけとなったあの不可思議な夢を紐解く手がかりも、いまだに得られていない。
経験を積むごとにめきめきと上達する剣の腕は、築くというよりも暴くという感覚に近かった。鎖されていたものを、暴きたてていく。怨霊との遭遇率が半端ない迷宮に潜っていれば、その速度もまた目覚ましい。
たった一日の逍遥で、気づけば九郎達と同等に戦線を担えるようになった。これまでの日常からは考えも及ばない現状に対する違和感がない現実が、はもどかしい。
祈りの間があり、書斎があり、庭があって怨霊がいる。
いったい、この迷宮は何なのだろう。
怨霊の発生率からして、恐らくこの中で怨霊が生み出され、市街で出会うそれらはここから溢れた、あるいは滲み出たイレギュラーであることが察せる。だが、いったいどうしてこの中で怨霊が生じるのか。どうして外へとさまよい出てしまう怨霊が生じるのか。“心のかけら”とは何で、塔に据え置かれたそれが欠けていたのはどんな意味を持つのか。
迷宮の謎を解き明かすことで、何が得られるのか。
すべてすべて、わからないことだらけなのだ。
Fin.