分岐さえない螺旋の記憶
の持ち帰った夢と現のかけ橋が実はとんでもない代物であることは、すぐに判明した。昨夜は目立たないようにと器用にマフラーでくるんで持ち帰った状態しか目にしていなかった面々が、唖然とした表情で机に置かれたそれを凝視する。
「いったい、どこで手に入れたんだい?」
「それがね、あまり覚えていないのよ」
触れる許可を求められ、特に考えもせずあっさり頷いたの面前で過ぎるほど丁寧に刀を検分していたヒノエが、呻くように声を絞り出す。
「いいかい、姫君。これは、ただの小太刀ってわけじゃない」
「そうなの?」
そんなことを言われても、には剣の種類や善し悪しを見極める眼識などありはしない。古美術に対する造詣は微塵もないし、身近に触れる刃物といえば、包丁やハサミがせいぜいだ。
「将臣、お前は見たことないのか?」
「いや、コレはないな」
良い刀だってのはわかるけど、誰のかは知らねぇ。そうけろりと答えた将臣は、昨夜の大暴走で何かを振り切ったのか、これまでに比べて知盛から視線を不自然に逸らす頻度が明らかに減っていた。
彼の身の上に何があったのかも、よく覚えていない。それはどうにも気分が悪いのだが、きっと、その不思議な時間で何かしら良い作用が齎されたのだろうと想像するのは難しくない。苦しまれているよりは、こうして気兼ねなく接してもらえる方が心地良いのは事実。は、自分が案外楽観主義者であることを自覚している。
もっとも、小太刀の価値に関して過剰な反応を示しているのは、正確にはヒノエと弁慶、そして敦盛の三名だけだった。残る面々は、質がわかるという意味でか、なかなか手応えのある反応を示してはいるがさほどのものでもない。
もどかしそうに髪を掻き上げ、表情を歪めてヒノエはついと集う顔を見回す。その視線が行き着いた先には、息を詰めてじっと刀を凝視する敦盛の蒼白な横顔。
「小烏丸」
紡がれた銘に、びくりと敦盛の視線が跳ね上がる。
「平家の宝刀だね?」
「……恐らく、間違いないかと」
その名は、どうやらとんでもない意味を持っていたらしい。やはり価値が理解できずにきょとんと首を傾げるだけのを置き去りに、ざわりとうねったどよめきが場に満ちる。
「本物なのか?」
「僕も、一度拝見したことがあります。本物だと思いますよ」
囁くようにして将臣が問いを重ねれば、静かな声で弁慶が頷く。
「神気が凝っているのを感じるだろ? 小烏丸は、単なる宝物じゃなくて、本物の神剣なんだよ」
「なるほどね。恐ろしいくらいに研ぎ澄まされた気配の刀だとは思ったんだ」
「そうだな。俺には神気だのなんだのはわからないが、コレがただの業物でないことぐらいは察せる」
熊野の神職と陰陽師の後押しを受け、軍を預かる者として嫌というほど刀を見続けているだろう経験をもってただものではないとお墨付きをもらった小太刀に、そしては愛しさと郷愁を覚えている。
「ねえ、姫君。きっと、こんなことになって不気味だろうね。だから、語りたくないのかもしれない」
気遣うように、宥めるように、織り上げられるヒノエの声は実に深い。朔よりもさらに年下と聞いているから、彼こそはから見ればまだまだ少年であるはずなのに、自分よりもよほど大人びていると突きつけられる奥深さ。
「けど、頼むから、手がかりだけでもいいから明かしてくれないかい?」
「……将臣さんは、何か覚えている?」
別に、だとて好きではぐらかしているのではない。昨夜は確かに覚えていたはずなのに、今朝になってみればほとんどの記憶が綺麗さっぱり拭い去られていたのだ。
ぼんやりと浮かんでは消える感慨がある。けれど、それだけだ。そして、その感慨さえ、どこか遠くて他人のもののように感じている。まるで、誰か見知らぬ相手の心を、そのままそっくり胸の奥に植え付けられたように。
「それが、さっぱり」
複雑に表情を歪め、将臣は歯痒いのだと雄弁に語る瞳でを見返した。
「忘れたわけじゃないって感覚はある。でも、言葉にならないし、まとまらない」
「そう、そんな感じ。どう言えばいいのかしら。あることはわかっているのに、見つからない探しものをしているみたいなの」
唸ろうが何をしようが、見つからないものは見つからない。生まれてこの方のすべての記憶が放り込まれたガラクタ箱の中で、溺れているかのように。
Fin.