分岐さえない螺旋の記憶
敦盛から引き継いだ上で布団を引き取りに赴き、そしては知盛と寝室で向き合っていた。
「で? 何があったんだ?」
「……あなたこそ、何をしたの?」
「“何か”あったことは、否定しないんだな」
苦し紛れに問いを返せば、思わぬところで足をすくわれる。しくじった、という思いが滲んでしまったのだろう。目を細めて愉快そうに喉を鳴らし、知盛は隠す様子などまるでなく口を開く。
「別に大したことはしていないさ。思惑が多岐にわたりすぎていては、問題解決には程遠いと指摘してやっただけだ」
「十分、大したことだと思うけど?」
「自覚しながら目を逸らしていたことを指摘しただけだ。それほどでもない」
あっさり嘯いてくれるが、自覚していてなおと誰もが目を背けていたことを指摘するのは、過ぎるほどに大したことだろう。そして、それは必要悪だとも。
溜め息を吐き出し、は「なるほど」と呟いた。
「ピリピリしていたわけね」
「それで? そっちは何があったんだ?」
どれだけ大きな爆弾を投げ込んだかなど、知盛には関係ないのだろう。実にあっさりと自分の所業を片づけて、問いただす視線は逃げることを許さない。
「別に、大したことじゃないわ」
図らずも先の知盛と同じ前置きを挟み、は告げる。
「ドッペルゲンガーを見ただけよ」
「ドッペルゲンガー? お前のか?」
「死なせたいの?」
「まさか」
口先では言葉遊びを弄しながら、瞳の奥には剣呑な光が宿る。
「なら、誰のだ?」
「誰の、というのではなくて」
強いて言うなら、世界の、かしら。ぼんやりと記憶をたどりながら、は己が触れたものの真理を探ろうと試みる。
なぜだろう。確かに触れたはずなのに、言葉を交わしたはずなのに、その面影はもはやの中にはほとんど残っていなかった。残されたのは刀と、そしてソレに触れた感慨だけ。
切ないかなしい、哀しい、愛しい。追いつきたいのに追いつけない。手が届いたはずの時には、だって触れることを恐れていた。
「守りたいなら戦え、ですって」
それは、実に単純明快な理屈だ。対価なく手に入れられるものなどない。守られるなら、守ってくれる存在を害う恐れを代償に。失いたくないなら、戦うことで負うだろう傷を対価に。
「もしかしたら、コレが、みんなの言っていた“胡蝶”さんの残滓なのかもしれないわね」
「……どうして、そう思うんだ?」
「手に馴染むの」
言いながらそっと指先で辿るのは、夢から落ちてきたとしか思えない非日常の産物。九郎から貸してもらった小太刀も重かったが、これも重い。そして、美しい。
「戦える気がするの。これを使っている様子がね、すごく自然にイメージできる。――“使ったことはないけれど、きっとすごく綺麗に使える”って、わかるのよ」
胸が疼く。あるいは、魂が震えているとでも表せばいいのだろうか。近づいているという実感がある。何に、ということはわからないけれど。
「終わりが近いわ」
紡いで、そして告げられた言葉を思い出す。矛盾が許される時間はもうわずか。そのリミットに追いつかれる前に、追いついて、すべてを終わらせなければいけない。
Fin.