朔夜のうさぎは夢を見る

霞のような記憶

――……情けないことだ、な。

 ふと頭の片隅から響いた声に、知盛は眉をぴくりと跳ねあげる。

――あれしきの雑魚なぞ、取るに足らん相手だろうに。

 声には聞き覚えがあった。そのゆったりとした口調にも、また。だが、それは不自然だ。なぜなら知盛は口を開いた覚えなどなく、声を発した覚えもない。
 いつの間にか、役者が増えている。自分達を追い抜いて前方での戦闘に加わる人影は、色とりどりにして大小様々。さらには女さえ混じっている。

――神子殿の、お手並み拝見……と、いきたいところだが。

 展開される光景は、B級映画の極みのようだった。水が飛び、炎が飛び、風が乱舞する。人数が増えたことと、知盛達が退くに退けない状況にあるということを理解したのだろう。戦闘のスタイルを後方を庇うものから攻撃主体の相手を倒すものへと変えたらしいのだが、決定打に欠けるばかり。
 どうやら中央で危なげに立ちまわる髪の長い少女が何か鍵を握っているらしいが、うまく機能していないようだ。
 そこまで考えたところで、しばらく沈黙を守っていた声が、くつりと嗤ってどこか艶やかに呟く。

――そう、だな。どうせ、必要になる。今のうちに、『思い出して』おけ。

 言われると同時に、視界が幾重にも重なり合う錯覚に見舞われる。目の前に見えている光景に、不可思議な別の空間が重なる。薄く靄に満ちたようなそこに浮かんでいるのは、見慣れぬ衣装を身に纏った、己に良く似た青年。
 思わず息を詰めるものの、誰も銀杏色の着物を不思議に着崩した青年には気づいていないようである。
「巻き添えになるのが本意ではないのは、俺も同じ。……なれど、それが天命というもの……なんだろう?」
 言って距離を詰めてきた同じ顔が、実に皮肉気に口の端を吊り上げ、膝を折ったままの知盛の頤を掬う。
「巻き込まれるぐらいなら、飛び込めばいい」
 異なれども同じなる姫を、俺は、害うことを許せないからな。同じはずなのによほど深く、底知れぬ光を湛えた深紫の双眸に呑まれたと感じた途端、知盛は己が肉体の支配権を失ったことを理解していた。

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Fin.

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