触れられない未来の記憶
聞けば、二人が外出していたのは、明日に迫った有川家でのクリスマスパーティーのための買い出し目的とのことであった。転がっていた紙袋を余さず回収してもらっていたことに礼を言われ、かえって恐縮していた譲にはさらりと笑う。
「いいの。気にしないで。わたしにとってはきついお灸になったわ」
自嘲を滲ませた、けれど後悔ばかりに目を向けるのではない、どこか物騒な気配。前向きと表すには苛烈な瞳に、息を呑んだのは敦盛と将臣。焦がれるように、振り払うように歪められた表情をちらと見流して、知盛が口をはさむ。
「ついでだ。このまま置いておいても構わないか?」
「え? ええ、別に構いませんよ。それに、俺としてはできればお二人とも、しばらくこちらに泊まっていただいた方が安全な気がするんですけど」
「そうですね」
了承ついでに譲が不安げに眉をしかめてつけ足せば、弁慶もまた難しい表情で追随する。
「どうやら怨霊に襲われるのは僕達だけのようですし、情報は一ヶ所に集めた方が効率が良い」
「でも、それだとご迷惑じゃない?」
「ウチは平気ですよ。部屋も余っていますし、朔もいるから、もしさんが気にしないなら」
ねえ、と譲が振り返った先では、朔がはんなりと微笑んで小さく顎を引く。
その方がいいのではないかと、話の流れが一本に纏まりかけたところで、が見やったのはようやく口を開いた青年。
「何かあるかも、ってやきもきするよりは、そっちのがいいだろ」
どことなくぶっきらぼうな口調ではあったが、俯き加減の瞳にちらつくのは気遣いの気配だった。視線でその発言の真意をうかがう気配を読み取ったのだろう。目を持ち上げるとひょいと眉を跳ねさせ、将臣は困ったように笑みを繕う。
「男所帯だけど、食事は保証する。ウチの弟は、いい料理人だぜ?」
「それは、存分に思い知ったけれど」
言葉尻を濁したのは、無理からぬこと。これまで、将臣は徹底してや知盛との接点を作らないように立ち回っていたのだ。頃合いを見計らって話をしようと言っていた知盛とは対照的に、自身は未だに将臣に対するスタンスを決めあぐねている。違和感の根幹に触れることが自分達にとってどのような意味を持つのかが、わからない。
「俺が、できればそうしてほしい」
透かし見える。垣間見える。彷彿とさせられる。切なげな声と表情に、彼の抱く郷愁の深さを、思い知らされる。
思わずきつい言葉を突き付けてしまいそうになる衝動をゆっくりと呑み込んで、は静かに口の端を吊り上げた。
「じゃあ、お言葉に甘えるわ」
断る理由はない。戦力を固めて外出した方が安全だという理屈は理解できるし、何よりこの不可思議にかかわる面々の中で、最も戦力に欠けるのはだ。我が身を守るという意味でも、余計な手間と心労を周囲にかけさせないという意味でも、下手に我を張る権利はないとわかっている。
「知盛殿も、よろしいですか?」
「ああ」
にっこりと頷いた弁慶に振り返られて、知盛もまた小さく首肯を返す。
「だが、そのためには一度戻って、多少なりとも荷物を取ってきたいが」
「ええ、それはもちろん。何人かでお付き合いいたしましょう。殿のお住まいは、知盛殿と同じ方角ですか?」
「同じよ。というか、お隣さんなの」
「おや。では、ちょうどいいですね」
小さく肩をすくめながら告げてやれば、きょとと瞬く視線が幾対も突き刺さる。さらりと流した弁慶もまた小さく目を見開いていたからには、きっと彼らの描く“二人”を重ね見た場合、こんなにも近くで生活している状況というのは意外性に満ちた可能性だったのかもしれない。
自分の知らない影を、重ねられることが重い。自分の知らない影を、彼にかぶせられることが、重い。そんなことをしないでほしいとは思う。
そんなことをして、自分を否定しないでほしい。そんなことをして、彼を自分から遠ざけないでほしい。自分達は、自分達なのに。
Fin.