記憶にいない君との思い出
それはきっと気遣いでもあった。だが、それ以上ぐずぐずと話題を引きずることが彼の矜持を穢すことに繋がることも知っていた。だから、は小さく頷いて話題を終息させることを選んだ。
あんなに物騒なものを持ち歩くわけにはいかないからと、どこからか現れた双太刀は有川家に預けてある。望美と譲は学校があるからという理由で平日の昼間は留守にしているらしいし、その他の面々においても、それぞれで予定を立てて動き回っているそうだ。
随分と柔軟な適応力だと感心しつつ、も知盛もまた学生の身。特に、知盛は学部の特性からも飛び級をして上位学年に在籍しているということからも、基本的に平日のスケジュールは過密である。全員が顔を揃えられそうなのは次の週末になるだろうと望美とメールで確認を取り合ったのは昨晩遅くのこと。だというのに、大学の正門に寄り掛かっているのは見覚えのある少年だ。
「ヒノエくん?」
「おや、嬉しいね。オレの名前、覚えていてくれたんだ?」
それはまあ、目立つし、個性的だし。ご丁寧にもひらひらと手を振ってくれるものだから、勘違いだとして通り過ぎることもできずに声をかけたに、ヒノエはにっこりと眩い笑みを返してくれる。
「これから、時間はあるかい?」
「ええ」
「じゃあ、ちょっと付き合ってもらえるよね」
自信に満ち溢れた笑みでそう断言し、踵を返す動作のひとつさえもが本当に様になる。美形は得だと、どこかずれたことを考えながら、断る隙はおろか肯定の言葉を返す暇さえ与えられなかったは、おとなしくその背を追いかける。
いつの間にこの世界にこれほど馴染んだのか、導かれた先は小さな児童公園。「ちょっと待ってな」と言ってどこに行っていたのかと思えば、缶入りのホットティーを投げてよこす。
「悪いね。店に入れればいいんだろうけど、あまり聞かれたくない話だし」
「ウチ、すぐ近くよ?」
「オレが姫君の部屋になんか上がり込んだら、知盛に殺される」
なにも寒空の下でなくとも、と独り暮らしの気楽さを提示すれば、くすくすと笑いながら切り返される確信。そして、すぐさま切り替えられるのは切なさだ。
「そのぐらい、オレ達の知る“知盛”は、姫君のことを愛していたんだよ」
オレはほんの束の間、垣間見ただけどね。そう溜め息交じりに紡がれる声こそ、穏やかな愛しさに濡れていた。
なんだか居たたまれなくなって手の中で缶を弄びながら、はぽつりと声を落とす。
「知らない人の面影を重ねられても、応えられないわ」
「もちろん。知っているよ。オレ達が、いったいどれほどアンタ達に失礼なまねをしているかもね」
「……わかっていても、思い出さざるをえない?」
「ああ」
俯く一方のの視線とは対照的に、ヒノエはゆるりと天を仰ぐ。
「それほどに、あの二人は、壮絶だったんだ」
「将臣のこと、許してやってくれないかな。アイツが一番あの二人の喪失に苦しんでいて、苦しみを昇華できないうちに、アンタ達に出逢ってしまった」
「どうして、それをあなたが?」
「わかるから、かな」
くすぐったげに声が笑い、視線が空から引き戻されるのを感じてもまた首を巡らせる。
「違うけど、同じ魂の輝きだ。さすがにここまで同じ気配だと、勘付かざるをえない」
困ったように眉尻を下げ、それでもヒノエはどこかに安堵を滲ませて続けた。
「まるっきりの同一人物であることはありえない。だから、アンタ達が否定するのは正しい。けれど、巡った先である可能性は否定できないだろう?」
「その胡蝶さんと知盛さんの生まれ変わりだとでもいうの?」
「必ずしも真実じゃなくていいのさ。アンタ達が“どの”魂であるかは、関係ない。ただ、魂が巡るという事実に、救われたいだけだ」
「身勝手だわ」
「そうだね」
非難の意思を篭めて眉根を寄せれば、泣き出しそうに歪められた紅の双眸が淡くはにかむ。
「でも、その身勝手さを植え付けたのは、他ならぬ“どこかの”アンタ達なんだ」
鶏が先か、卵が先か。そんな問答に近づいているような気がして、はますます眉間のしわを深める。
Fin.