それはいつか
清盛には、実に八人もの息子と七人もの娘がおり、さらには養子とした息子が二人と娘が一人という、周囲に比べても多くの子供達がいた。無論、中でも無事に長じてくれたのはごく一部。幼いうちに命を落としたものもいれば、長じて後、清盛よりも早く命を落としたものもある。それでも、多くの子供達を見守ってきたという自負があり、さらには郎党やら女房やらの子らも見やってきた。その経験は、宮中を渡る際にもいたく役にたと認識している。
だから、ふと思い立って枕辺に呼び寄せた、つい最近になって手許に転がり込んできた新しい息子の内面を見抜くのも、そう難しいことではなかった。
それまでの苦悶の日々が嘘のように、不意に訪れた、本当に久しぶりの体調の悪くない日だった。
こんな日には、病に伏しているからと遠ざけていた家族がふと恋しくなる。妻の役目だと言ってずっと付き添っていてくれた時子には、看護の礼を伝えたい。かわいいかわいい孫息子の笑顔を見れば、きっと何よりの薬になるだろう。兄弟達はどうしているだろうか。息子らは、郎党は、一門の皆々は。
けれど、いろいろと考えた後、清盛が呼んだのはしがらみから最も遠い、懐かしい面影を纏った客人。病苦に苛まれたこの体で、一門のものを見やればどうしたって先のことを憂えてしまう。宮中での立ち回り、源氏勢の不穏な動き、兄の急逝によりりの総領たる四男。不安の種、悩みの種はあまりにも多い。だが、今のままでは何もできない。すべては体調が回復してから。そのためにも、そうした憂い事とは無縁の、ただ懐かしき日々と新しき面白さを運んでくれる、あの笑顔を見たかったのに。
「清盛、体調は大丈夫なのか?」
やってきた笑顔は、どことなく精彩に欠けていた。無理はなかろう。病状のことはきっと伝え聞いているはず。病魔に蝕まれた老人を訪ねるとなれば、手放しの笑顔は期待できまい。しかし、そうではない。そうではないのだと、悲しいことに清盛は見抜くだけの経験を積んでいて。
「――どうしたというのじゃ、将臣」
「ん? どうかしたか?」
掠れた声は、思った以上に心許なく震えていた。それを体調ゆえと判断したのだろう。心配そうに眉根を寄せ、将臣は臥している清盛の顔を覗きこむようにして背を丸めてくれる。
それはあまりに懐かしく、眩暈がするほどに見覚えのある表情だった。あの子が、息子が、長男が。かつて浮かべていた表情そのもの。まるで、求めても求めても還ってきてくれなかった息子が、この場限りと黄泉の底より舞い戻ってきたような錯覚。
違うとわかっている。それでも混乱する。あれほどに面影が似ていながら、これほどに狂おしく求めていながら、それでもあの最愛の息子とこの青年を混同することなど、これまでは一度もなかった。だって、二人は歩んできた道が違う。いくつもの絶望と諦観を踏みしめて辿り着いた息子と、同じ境地にどうしてこの青年は手を届かせようとしているのか。
「将臣、なんぞ話をしてはくれぬか。そうじゃな、そなたの故郷の話がよい」
「わかった。疲れたら言えよ?」
悲しい予感を振り払いたくて、息子の歩みようのなかった、この青年だけが歩んできた道を振り返ったというのに、心はちっとも軽くならない。
何が彼をそうさせてしまったのかと。嘆くにはもう手遅れである現実をこれ以上見ていたくなくて、清盛は静かに瞼を下ろした。
習慣に気をつけなさい、
それはいつか性格になるから。