それはいつか
おまえ、なんか変わったな。何もかもが見知った通り、今回ばかりはごく順調に歴史をなぞりなおしていた望美の足は、そんな何気ない一言に、ごくごくわずかに躓いた。
「なんかって何?」
「なんかはなんかだよ。うまく言えねぇから、なんかなんだし」
「ていうか、いきなり年取った将臣くんに、そんなこと言われたくないな」
「年取ったのは関係ねぇだろ。むしろ、年取ったからこその気づき?」
「うわ、えらそう」
「年上は敬えって、習わなかったか?」
熊野に入って何日目の宿だったろう。かつて、龍神が舞い降りたことがあるのだという温泉があると聞き、そこで疲れを取っていた一行に唐突に合流した天の青龍は、望美や譲と同じ世界の出自であり、譲のひとつ上の兄であると名乗った。譲が十七と名乗ったのが初春の宇治川。同じ年のこの熊野で、将臣は二十一と名乗ったその口で。
もともと賑やかな性質だった望美は、将臣が合流してから、そのにぎにぎしさがいっそう増した。
あらかじめ、本宮までしか付き合えないと聞いたからであろうか。会えなかったこの三月ほどの時間を、さらに将臣は三年以上も費やしていたと聞き、その空白を埋めたくなったのだろうか。
憶測はいくらでもできる。しかし望美は本心を語らず、将臣もその点にはあえて触れようとはせず、どこか空々しさのにおう二人の賑やかに語り合う声が、せみ時雨に混じって辿る道にごろごろと転がる。
他愛のない会話は話題がすぐに入れ替わり、なのに二人はそれを気にした風もなく言葉を交わす。次々に言葉を投げ合う。まるで、沈黙を厭うように。
「なんっつーかなぁ。こう、ちょっとドライになった?」
「大人になったってこと?」
「都合よく捻じ曲げんな。無鉄砲には磨きがかかってるんじゃねぇの?」
「そんなことないですよー、だ」
「自覚がないあたり、譲も苦労するよな」
将臣の声音に真剣身が混じれば、すかさず混ぜ返して話題をうやむやにする。それが意図してのことなのか、たまたま噛みついた言葉がそういう機能をもっていたのか、はたで聞いている九郎や弁慶にはわからないし、譲にもわからない。わからないほど、望美の声音はどこまでも自然体で、将臣の意図して陽気に保たれたそれと違い、ほんのわずかにほころびて本心が覗くようなことさえも、ない。
「おまえ、やっぱ変わったよ」
「もー、将臣くん、しつこい!」
きゃっきゃと笑って頬を膨らませてみせてから、望美が「あ、そういえばね」と道中で出会った怨霊との遣り取りにおける譲の活躍を語り出したところで話題は完全に置き去りにされ、将臣は陽気な笑顔の裏で、静かに何かを諦めた。それとも自分で言ったように、三年という隔たりは案外大きく、かつて見えなかったものが視えるようになっただけなのだろうか。
だって彼の知る限り、少なくとも彼女はこんな風に、相手の言葉にことごとく耳を傾けないような、そんな頑なな性格ではなかったはずなのに。
習慣に気をつけなさい、
それはいつか性格になるから。