それはいつか
「望美さん、突出しすぎです! もう少し下がってください!」
「大丈夫です。このまま突破します」
戦場においては舞うように切っ先を翻す戦神子。その眼前には阿鼻叫喚が織り上げられ、その背後には死屍が折り重なる。
味方の兵が呆然と、あるいは陶然と見送る一筋の赤い道。それこそが戦場において望美を探すための何よりの手がかり。ゆえにこうして早々に追いつくことができたというのに、肩を掴んでまで必死に止めた少女は、弁慶の言葉にちらりと一瞥を寄越すことさえなく、即応する。
そういえば、背後から近寄ったというのに、望美は微塵も警戒する様子を見せなかった。
それは己が切り開いてきた道に対する絶対の自信か、味方が守る背後への絶対の信頼か、あるいは。
「私が行く方が、犠牲が少なくてすみます」
さりげなく身をよじることであっさり弁慶の拘束から抜け出し、前を向いたまま望美は言い切る。
「大将を落とせば、終わります」
その言葉は正論だ。間違いはない。弁慶はそれを知っているし、無論、味方の犠牲は少ない方が好ましい。けれど、けれど。
あっという間に敵陣に単身で飛び込み、血飛沫を撒き散らして進む背中は細く華奢な少女のもの。けれどまるで、地獄の業火を従えるような、冷厳とした恐怖を齎す。
「……あなたにとって、僕達は、そんなにも取るに足らない存在ですか」
違う、違う。あの少女は決して弁慶のことを軽んじているわけではない。事前に言い含められた作戦を無視する行動をとってはいるが、決して九郎を軽んじているわけではない。それは知っている。そうと知ることはたやすい。なぜならあの少女は、いつだって縋るような目で弁慶や九郎のことをじっと見つめている。
しかし、彼女の唇から零れ落ちる言葉が、こうして折々に見せる行動が、その信頼を蝕んでいく。
背後に警戒しないのは当然だ。なぜなら望美はとてつもなく強い。彼女の言葉はいつだって不可思議で、信じることができないような突飛なものが多いけれど、たとえば先ほど振り返りもせず弁慶に与えられたのはすべてが真実だった。
作戦に対して、望美の位置は突出しすぎだった。けれど彼女なら、致命傷を負わずにこの場で対峙する敵兵を駆逐し、敵の戦線を突破することが適うだろう。
九郎や弁慶が先陣を切ってもいい。あるいはリズヴァーンを頼るのもいい。けれど先ほどこの場にいた面々の中で、誰よりも味方の犠牲を少なく、敵陣を撃破できるのは望美だった。雑兵はもちろん、侍大将の中にも、彼女に敵う者はいない。そして、戦の行く末を左右するのは、兵の数であると同時に将の采配。大将を落とせばこの戦場は果てる。それも事実。けれど。
「"望美さん"が勝っても、意味はないんですよ」
己らは戦をしているのだ。弁慶達は源氏軍に属し、その大将は九郎。なれば、九郎の采配にて勝利を掴んだという過程もまた必須。彼女のような圧倒的な戦力は得難いが、それを目の当たりにして、兵達が彼女に頼ることばかりを身につけては意味がないのに。
口の中で、誰に聞かれることもないようにと気を配りながらも声に出さざるをえなかった思いに、弁慶は歯噛みする。ああ、彼女への信頼が、蝕まれていく。
言葉に気をつけなさい、
それはいつか行動になるから。