透明な瞳
切っ先を下ろし、無駄に腕が疲れないようにだけ姿勢を崩したをはさんで、言葉が飛び交う。
「これ以上戦うのは無駄だよ。お願い、三種の神器を渡して。そうすれば、もう終わらせられる」
「無駄、とは。神子殿は、惨いことを仰せになる」
「わかっているんでしょう? 平家は源氏に勝てない。これ以上犠牲を増やす前に、終わらせる方が良いに決まっているじゃない!」
「……犠牲、ね」
つまらなそうに溜め息を吐き出し、知盛はゆるりと口を動かす。
「なれば、神器なぞ諦めて、退けばよかろう?」
「ふざけるなッ! 朝廷から三種の神器を奪った分際でありながら、何をぬけぬけと!!」
「じゃあ、俺を斃せよ……。少なくとも俺は、俺を斃してもいない輩に神器のありかを教えてやるほど、親切じゃあないぜ」
あまりに平然とした、それでいて傲岸不遜な言い分に九郎が足を鳴らして怒鳴り返せば、そんな反応は既に予想済みだとばかりに知盛が切っ先を持ち上げる。
「だが、あいにくと先陣の功は暁天将殿のものだ……邪魔立ては、するなよ?」
にったりと歪められた口元に、じわじわと愉悦が広がっていく。自身に向けて叩きつけられる闘気と殺気に、もまた刀を構えなおす。
「改めて、申し入れよう」
ふと、知盛が声を張り上げる。予想外の展開にざわめきながらも成り行きを見守っていた周囲の兵に言い聞かせるように、見せ付けるように、右手に握られた小太刀が真っ直ぐにへと向けられる。
「平清盛が子、平権中納言知盛より、源氏が暁天将殿に一騎打ちを申し入れる。……名を名乗られよ」
声は穏やかながらも堂々としており、味方の一人もいない舟で、敵の主だった幾人もの将に向き合っているとは思えない。まるで万軍を背後に従える将のように、知盛は揺るぎなくそこに在る。
「源範頼殿が配下、暁天将。名を、と申します」
応えて刀を正眼に構え、もまた声を張る。理性を屠り、狂気に染まり、ヒトがケダモノへと堕ちる戦場にあって、けれど名のある将同士の一騎討ちだけは別格。これだけは、神聖な儀式にも似た厳粛な空気に包まれることを許された、礼節に満たされたあまりにもヒトらしい遣り取りの場なのだ。
それぞれの将の名乗りに、各軍勢から歓声が上がる。生田で引き分けたことを知っていればこそ、こうして再戦の場が設けられたことへの興奮に沸き立つのだろう。降り注ぐ数多の視線の嵐の中で、にっと笑って知盛は背後に控える味方の船へと刀を一閃させる。
「せっかくの血の逢瀬、無粋な邪魔立てはするなよ」
「こちらもです! 一切の手出しは無用!!」
同じく控えるよう釘を刺し、は改めて向き直ってきた知盛に告げる。
「参りますッ!!」
「来いよ……」
声が重なり、船底を蹴る足音がほぼ同時に響く。そして、剣戟の嵐が吹き荒れる。
二刀を自在に操る知盛に対し、は小柄な体躯を活かした速度重視の戦いを仕掛ける。次々に位置を入れ替え、金属のぶつかり合う鈍い音と細かな血飛沫を撒き散らしながら、二人の口元は薄く微笑みを刷く。
「生田より、腕を上げた」
右上段から言葉と共に降ってきた刃を潜り、開いた脇腹に一撃を叩き込みながら応じる。
「前線に立つためには、常に精進しませんと」
「それに、美しくなった」
あっという間に引き戻されていた左の小太刀で止められた剣戟に、笑いを含んだ言葉と右下段からの返しの一手が突きつけられる。
「最期なのですから、一番綺麗な姿を刻んでください」
「それもそうだな」
間合いを取るため後ろに飛べば、同時に二太刀が振り下ろされ、まとめて受け止めた刀が震え、両手がびりびりと痺れる。
Fin.