真白の切っ先
もっとも、は下手なことは何も言えない。立場を匂わせる発言をちらとも口にすれば、きっと正体の知れないヒノエや将臣に景時が隠そうとしていることがばれてしまう。
「でも、ちょうど良かったよ。九郎が出かけている間に、実は鞍馬山まで行ってきてね。お留守だったみたいだから、リズ先生がどこにいるか、心当たりがないかを話し合ってたんだ」
「先生を?」
「稽古をつけてもらいたくて」
やはり絶妙の間合いで話題を摩り替えた景時の手腕に、見事なものだと内心で溜め息をつきながら、は朗らかに告げる望美へと視線を移す。
「お前、先生を知っているのか?」
「はい。私、先生に剣を習ったんです」
「なるほどな。道理で見覚えのある太刀筋だと思ったんだ」
先生、と呼ばれた相手は、どうやら望美と九郎の共通の知り合いであるらしい。しかも、九郎がとてつもなく信頼を寄せる相手。あっという間に打ち解け、親近感さえ湧いた様子で愉しげに会話を交わす姿を見ながら、は静かに眼光を強め、居並ぶ面々を冷徹に観察する。
あくまで愉しげな白龍と微笑ましげに見守る朔はとにかく、ヒノエの双眸はつと細められ、将臣と譲は怪訝そうな表情を浮かべている。そして、景時は笑みの奥に厳しさと緊張感をのぞかせながら、じっとその遣り取りを見つめている。
怨霊を相手に一歩も退かずに切り込んだとか、九郎に対して怯まず真っ向から意見を述べたとか、聞いた折にはなんと荒唐無稽なと思ったものだが、そんなもの、些細な違和感だったと知れる。誰にも言っていないが、は望美が『現れた』瞬間を知っている。これまで望美がこの世界に『いなかった』ことも、知っている。
あまりに強大な気配の降臨に驚き、範頼の言葉を裏付けようとそこかしこで息を潜めているヒトならぬモノ達に問うたのだから、そこに偽りはない。虚言を弄するのは、人が人ゆえに持ち得る特権であり罪業。よっては知っている。望美には、景時の目を盗んでその先生とやらと知り合う機会もなければ、その教えを受けて磨いた腕をもって戦場に立ったという説明が矛盾の塊であることを。
湧き起こるのは疑念と警戒心。ただでさえ、源平両家の辿る歴史を『知る』存在が介入することは不都合極まりないというのに、それ以上の不安要素を抱えているのだと早々に宣言されてしまえば、警戒を抱くなという方が無理な相談である。
ここまで九郎が打ち解けてしまったとあれば、彼女が御旗印としてその隣に立つだろうことは疑いようのない決定事項。自分の張り巡らせた伏線に対し、彼女がどのような形で介入し、どれほどかき回してくれるのか。まるで想像もつかない未来図に深々と溜め息を吐き出したいのを必死に殺して、は情報収集に専念する。
「私は、先生は神泉苑にいるんじゃないかなって思うんです」
「だが、神泉苑は今は雨乞いの儀式のための準備で人が大勢いる。先生は、あまり人混みを好まれない」
「じゃあ、もう一回鞍馬の庵にお邪魔した方が良いのかな?」
「そうだな。神泉苑の方は俺も仕事で出入りするから、気にかけておく」
「本当ですか? ありがとうございます!」
とりあえずは時節を見る、ということで合意したらしい二人の意識が周囲に戻ってくるのを待って、は景時に小さく目配せを送る。
「とりあえず、今日のところはこの辺までにしない? ちゃんをまだ部屋に案内していないし、女の子同士、話もあるだろうし」
「そうだわ。ごめんなさい、殿。私ったら、全然気が回らなくて」
「いえ、どうぞお気になさらず」
九郎と望美が打ち解けているのを見るのが嬉しかったのか、にこにこと笑っていた朔が途端に表情を曇らせるのを見ては小さく首を振る。視界の隅には、周囲に気取られないように、けれど確かに視線を送る景時の気配。小さく目線の動きだけで頷いてみせ、は部屋へ案内しようと言って立ち上がる朔の背中を追いかけた。
Fin.