朔夜のうさぎは夢を見る

真白の切っ先

 範頼は院への目通りの後、兵糧の確保に目処が立ち次第、粟津から兵を合流させて迅速に西へと発つつもりだったらしいのだが、その肝心の目通りの中で院の気まぐれなのか悪知恵なのかが発揮されたらしい。義経に預けられると同時に、けれどしばらくは雨乞いの儀式のために忙しくて構ってやれないと宣され、はもはやどうでもいいと言わんばかりの気のない様子でひらひらと手を振る範頼に見送られ、最低限の手荷物と愛馬を共に、梶原邸へと身を移した。
「あら、殿!」
「ご無事のご様子で何よりでございます」
「そんなにかしこまらないで。良かったわ。私も、あなたのことはずっと気になっていたの」
 勝手知ったる他人の家とばかりに、慣れた足取りで廊を進む義経の背に従って踏み入れた先には、梶原家の兄妹に加えて、平等院で聞き知った様相の男女と、そして見覚えのない赤髪の青年と見覚えのある蒼髪の青年が揃っている。
 ずかずかと踏み入った義経はさておき、真っ先にに反応を示したのは行軍の最中、互いしか女性がいないということで嫌でも距離の縮んだ朔であり、その繋がりで何かと言葉を交わした景時である。


 部屋の入り口付近で膝を折って頭を垂れれば、衣擦れの音もささやかに、墨染めの衣が視界に映り、そして目の前で同じく膝を折った朔が「顔を上げてちょうだい」と笑っている。
「六郎殿から話は聞いているよ。おもてなしはできないけれど、女の子同士、ゆっくりしていってね」
「ええ、兄上のおっしゃるとおりだわ。せっかくですから、もっといろいろ、あなたのことを知りたいと思っていたの」
 ゆったりとした口調が絶妙な間合いで言葉をはさみ、朔の口から余計な発言がでないようにと遠まわしに堀を巡らせる。あえて範頼の名を誤魔化されなくとも、は景時の警戒する相手をなんとなく察している。赤髪の青年はともかく、蒼髪の青年は、なんとも大胆なことに蝶紋の眩い緋色の羽織を纏っているのだ。
「えっと、朔。紹介してもらえると嬉しいんだけど」
「ああ、ごめんなさい。殿、こちらは望美。私の対で、白龍の神子なの」
 背中からかけられた声に恥ずかしげに苦笑を返し、朔が身体をずらしてに桃色の髪を背に流す少女を紹介する。
「はじめまして。春日望美です」
 にっこりと向けられる笑顔は眩しい。あえて探らずとも存分に伝わってくる陽の気の眩さに表情を引き攣らせないよう気を配りながら、もまた浮かべなれた笑みを返す。


「お初にお目にかかります。と申します」
 笑顔に紛れさせて突き刺さる視線は、余計なことは言わないでくれと雄弁に語っている。そんな景時の嘆願を察しながら、同時に突き刺さる残る一方の視線へとは首を巡らせる。
「景時殿とは幾度かお話をさせていただきましたけれど、そちらの方々は?」
「おや。姫君は俺のことが気になるのかい?」
「かくも熱い眼差しを注がれて、勘違いをするなと申されるのは酷というもの」
「おっと、これは失礼。麗しい花は、まずはじっくり眺めて愛でるのがオレの信条でね」
 軽やかに言葉を操りながら、視線を隠すつもりもなかったらしい赤髪の青年が笑う。
「オレはヒノエ。そこの神子姫様を守護する八葉さ」
「お、じゃあついでに俺も。俺は有川将臣ってんだ。ヒノエと同じ、八葉ってヤツらしい」
 ヒノエの紹介に乗じる形で笑ったのは蒼髪の青年。そして、それに溜め息を深々とついて眼鏡をかけた青年が口を開く。
「有川譲です。俺も、先輩――白龍の神子を守る八葉だそうです」
「で、俺と九郎もそうなんだって。だよね、白龍?」
「うん、そう。みんな、神子を守る八葉だよ」
 締め括りとばかりに景時がにっこりと笑って幼い容貌のヒトならぬ存在の言質を取る。その有無を言わせぬ笑顔に、は静かに諒解する。なるほど、ここではそういう肩書きのみで押し通すのかと。

Fin.

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