大人の事情 〜還内府殿は疲れてきました〜
ストレートに慰めようとしたのだろうが、聞いている側としてはどうにもこそばゆさが先に立つ。微笑ましさとどことない気恥ずかしさに顔を見合わせながら望美達が見やる先では、それこそ大きく目を見開き、そして本当に、本当に幸せそうに相好を崩す知盛がいる。
「お前がそう願ってくれるなら、そうあれるよう、努力しようか」
「頑張るんじゃなくて、そうなの! だから、わたしもアゲハチョウみたいに綺麗でかっこよくなれるように、いっぱい呼んでね?」
「これ以上、一体どれほどの魅惑を求めるというのか」
どこまでも甘くやわらかくほどけた声で応じ、知盛はそのまま彼女の纏う水干へと話題を転じてしまう。着替えの苦労に始まり、物珍しさに興奮しているのだろう。必死に、饒舌に話しつづけるにぽつぽつと合いの手を入れながら、これでもかというほどに寛げられた気配には覚えがある。
「………胡蝶さんって、存在そのものが知盛にとって好みのど真ん中ストライクだったんだな」
「好みなんて簡単な言葉じゃ、納まらないんじゃないの?」
「なんつーか、あれだ。生きたサプリメント? ないとやってらんないみたいな?」
子供同士の微笑ましい対談のはずが、なにやらその上に見慣れた青年と娘の姿が透かし見えるようで複雑な気分の将臣は、カタカナにもめげずに入れられたヒノエの突っ込みに切り返し、深々と溜め息をつく。
「とりあえず、重衡。子供用の衣装の調達、頼むな? で、俺らはいい加減朝飯にしようぜ」
なんか疲れた。腹減った。そう訴えてうなだれた将臣の腹の虫が鳴いたのを聞きつけたのか、会話を中断してぱっと振り返った二対の瞳が、すぐさま声を立てて笑う。ころころと響く笑声には文句を言う気にもなれず、笑いものになった将臣もまた苦笑を浮かべ、手近なところにあった二人の頭をぐりぐりと遠慮なくかき混ぜてやった。
物珍しさに始終目を丸くし通しだった朝食を終え、早々に重衡の調達してくれた水干と括袴に着替えた二人は、あっという間に打ち解けて今は邸内の探検に出ている。どうやら弁慶の居室が気に入ったらしく、高い笑い声が間断なく響いてくる。
「よーし。なんか人選間違った気がしないでもないけど、作戦会議の続きだ」
言って生真面目な表情を取り繕い、目の奥が死んだ魚のように濁りきっている将臣が口を開く。
「とりあえず、当面のフォローは重衡に任せたから、今日一日は猶予がある。その間にあの二人を元に戻したいんだけど、どうすればいいかな、はい、ヒノエくん!」
「無理だね」
「次、景時くん!」
「えーっと、貴船の祭神に頼んでみるのは?」
「聞いてもらえるかがわからないけどね。オレ達は龍神の神子の八葉だけど、貴船の祭神にとっては徒人だよ」
「ああ。ヒノエの言うことには一理ある」
「ラスト、朔!」
「弁慶殿は、とりあえず今日は様子を見て、気の巡りが正常になってから考えてはいかがかしら、とおっしゃっていたわ」
ちなみに、彼女の対である白龍の神子は、知盛との付き添いである。さすがに弁慶一人に押し付けるのは忍びないというのと、意外に行動派であるらしい二人を見失わないためには、それなりに人数が入用だったためである。
「そう、それ。気の巡りが云々ってヤツ。俺にはよくわかんねぇんだけど、どういうことだ?」
Fin.