朔夜のうさぎは夢を見る

世界の事情 〜ヒノエくんは見えてきました〜

 昨夜からの泊まりこみメンバーを主に霊的な何がしかに敏感なグループとそれ以外に分けた結果の人選であったのだが、立場というどうしようもないしがらみゆえにメンバーシャッフルに巻き込まれた将臣が、素直に首を傾げて疑問を呈する。
「今のあの二人は、なんか存在があやふやなんだよ」
 目配せを交し合い、口を開いたのは景時だった。
「俺達は、日ごろから呼吸とか食事とか、とにかくあらゆる形でこの世界の五行を取り込んで、それを世界に還しながら生きているんだ。それはわかる?」
「あー、感じたことはねぇけど、アレだ。術を使うときの感じか?」
「そうそう。それをごくごく微弱にしたのを、無意識で繰り返しているんだよ」
 それによって、ありとあらゆるモノは世界に存在を固定される。五行を共有することで、存在する世界に楔を穿ち続ける。だが、今の知盛とにはそれがあまり感じられないのだと景時は続ける。
「たとえばね、望美ちゃんと譲くんに最初に会った時、俺は違和感を覚えたんだ。朔もそうじゃない?」
「ええ。ただ、“違う”ということは感じました。でも、それは望美が白龍の神子で、譲殿が八葉だったからだとばかり思っていたのですけど」
「それだけなら、オレ達にも同じことを感じたはずだよ。それに、それを将臣には感じなかった……違う?」
「その通りよ。どうしてわかるの?」
「まあ、一応は神職だし、景時も陰陽師だからね。そういうのには敏感なんだよ」
 ひょいと肩を竦めながら話に割って入り、あっという間に置き去りにされた将臣を振り返って今度はヒノエが解説を綴る。


「オレが姫君達に会った時にはもう感じなかったけどね。違う世界の五行を得て生きていた魂が、あっという間にこの世界の五行に馴染むなんて、本来ならありえない。そして、そのありえない事態が成立するのは、応龍が京の龍脈の化身だからなんだよ」
「……龍脈そのものの加護を得るんだから、中身の総とっかえも簡単だってことか?」
「そういうこと。お前がはじめどうだったかは知らないけどね。朔ちゃんが会っても何も感じなかったのは、八葉としての特性と、さらに三年という時間をかけて体を馴染ませたからだったと思うよ」
「てことは、今の知盛と胡蝶さんは、“中身”が異常な状態ってわけか?」
「理解が早くて助かるよ」
 くすくすと笑いながら応じ、そしてヒノエは真顔に戻る。
「まあ、百歩譲ってはいいよ。元は違う世界の生まれだって聞いてるし、“今の”はまさにその違う世界で生きているそのものだろうからね。けれど、知盛のアレはおかしい」
「………不謹慎だけど、さっきの知盛殿の自嘲も、あながち嘘じゃない感じなんだよ」
 紛れもなくこの世界で生まれ育っている存在が、この世界の五行をほとんど内包しない状態で在る、ということは、矛盾の塊なのだ。その矛盾が唯一成立しうるのは、くしくも知盛が言ったとおりの状態のみ。現に五行を溜めるだけの堰を喪い、肉体から五行が世界へと還り行くその瞬間の器だけなのだ。
「でも、現にアイツは今も生きてるんだ! アレが死に掛けの知盛なわけないだろ!?」
「そんなことは言ってないよ! 落ち着いて、ね!」
「あくまで可能性の話。とにかく、今はまだ致命的な状態まではいってない。この先どうなるにせよ、溢れそうになったり涸れそうになったり、こんな不安定なままだと、何をどうするのが毒になって薬になるのか、まるでわからない」
 思わず感情が激したのか、手近な景時に掴みかかる勢いで必死に否定を叫んだ将臣に、ヒノエがごく冷静に畳み掛ける。
「そんなことはないって、信じてはいるけどね。いいかい、将臣。最悪の事態も、もちろん覚悟しておきなよ」
 神はね、ヒトの願いを叶える時には、供物や贄を求める存在でもあるんだからね。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。