進化の過程 〜いつでもひとつな真実はスルー〜
視点が止まった先にいたのは、大方の予想通り、将臣だった。きょとん、というよりもぽかん、という表情でまじまじと見つめ、それから知盛は声を立てて笑い出す。
「驚いた。ここまで顔かたちの似通った他人というものが、世には存在するのだな。それとも、やはり夢の中ゆえの不可思議か?」
「……似てるって、重盛さんと?」
「声の質も似ておいでだ。もう少し賢しらげな話し方をなされば、誰もがみまごわれましょうよ」
問い返した将臣にはなぜか敬語で言葉を返し、そして知盛は苦しげに表情を歪めたままの重衡を振り仰ぐ。
「この夢がいかな仕儀にて成り立っているかは知らんが、お前は“ここ”にて時を重ねているのだな?」
「ええ」
「なれば、この身はお前に預けよう。夢が果てるか、あるいは俺がからくりを理解するまではお前の指示に従う。どうすればいい?」
下手に動き回られて、お前の子とでも思われては、不自由があろう?
そういたずらげに笑いかける瞳は本当に穏やかで、その穢れなさこそに周囲は息を呑む。年齢不相応な穏やかさが示すのは、彼がわずかな年月を生きるだけで押し付けられた諦観の深さ。これを土台にして成長すれば、なるほどあのわかりにくく歪みきった人間性に到達するのも無理からぬことと、思いながらもひたすらの憐憫が湧くのは抑えられない。
なんとも複雑な表情で黙りこくる重衡を通り越して、動いたのは将臣だった。沈黙を保って自分より大きな弟の心が落ち着くのを穏やかに見守っている知盛を、ひょいと抱き上げて膝に抱え込み、ぐりぐりと頭を撫で回す。
「俺らの目の届くとこにはいてもらいたいけどな。それでいいなら、好きなことやっていいぞ。なんか、やりたいことはねぇか?」
丁寧とは言いがたい動作に振り回されながらもくすぐったげに喉を鳴らした知盛は、好奇心に煌めく瞳を持ち上げて将臣を頭上に振り仰ぎ、問う。
「薬湯を飲まなくても?」
「お前、今は健康体だろ」
「では、手習いが嫌だというのは?」
「俺は強要できねぇからな。今ぐらいは、いいって」
「ならば、外に出ても構いませんか?」
「外っつーのがどの辺かによるけど……じゃあ、あれだ。庭で手合わせってのはどうだ?」
「剣術の? たくさん動いても、構わないですか?」
「動ける限りはな。むしろ、体が弱いってんなら、動ける時に動いて体力つけとけ。そうじゃねぇと、いざって時に体がもたねーぞ」
最後の言葉を、恐らく将臣は未来への希望を持たせたくて紡いだのだろう。切なく、けれど真面目であたたかで必死な声に、知盛は曖昧に笑い、それから重衡を振り返る。
「構わないか?」
「……弁慶殿のご許可をいただいてから、ですね。それと、動けるような衣を用立てますので、しばしご辛抱を。それまでは、兄上と同じくうたかたの夢に迷い込まれた姫のご心痛をやわらげる手助けをいただければと思います」
「姫、というのは、先の女童か?」
「ええ。兄上がお倒れになられたことをお知らせくださったお礼もまだですし、随分とご心配をおかけしたようです。お願いできましょうか」
「わかった。なればそれが先決だ。……それでも、よろしいですか?」
あっという間に物事の優先順位を決し、知盛はいまだ自分を膝に抱え込んだままの将臣を振り仰ぐ。
「そうしてやってくれ。あと、俺にも敬語じゃなくていいぞ?」
「ですが」
「遅れたけど、俺、将臣ってんだ。無理に、とは言わねぇけど、変に気ぃ使わなくていいから、気楽にしゃべっとけ」
「……重盛兄上と同じ顔で言われても、無理です。このままで」
「………俺、お前の成長過程にあるミッシング・リングがマジで気になるわ」
困りきった様子ではにかみ、短くもやはりどこか丁寧な口調で応じた知盛に、将臣はまじまじと驚愕を向ける。むしろ、ミッシング・リングの存在は明かされないでほしくもある。このどこかひねくれかけた、けれどまだまだまっとうな少年が、なぜああもひねくれに捻くれてやさぐれてしまうのか。人生の妙をあまりに若いうちに体験したのだろうが、そんな武勇伝は聞きたくないのが人情というものだろう。
Fin.