相互理解からはじめましょう 〜重衡のスキル〜
「起きたら、知らない場所で、お父さんもお母さんもいなくて、よくわからなくてびっくりして泣いちゃいそうになったの。そうしたら、その子が隣にいて、びっくりしていたみたいだけど、でも大丈夫だよって、頭を撫でてくれて」
「見知らぬ場所であることに驚いてしまったのですね。ですが、お一人ではなくて本当に良かった」
「うん。それで、頭を撫でてくれてたらだんだんあったかくなって、安心したんだけど、今度はその子が倒れちゃったんです」
「ご自分のせいだと?」
「……わたし、なんにもしてないけど、わたしを撫でたら倒れちゃったから」
「それは、単に折が悪かっただけにございましょう。ご心配なさいませんよう。兄上はあまりお体が強くないので、こうして不意に倒れられることは間々あるのです」
「お兄ちゃん? お兄ちゃんの、お兄ちゃん?」
宥めるように膝に抱き上げ、背をさすってやりながらの説明に少女が声を跳ね上げる。
「ええ、そうですよ。よく似ていると言われることが多いのですが、兄弟には見えませんか?」
「お兄ちゃんの方が大きいよ?」
「それでも、私はいつまで経っても知盛兄上の弟。兄上は、いつになっても私の尊敬する、大切な兄上なのですよ」
理屈を精神論で押し通され、納得し切れていないだろうに頷いてしまってから、少女は興味の対象を移す。
「あの子、知盛っていうお名前なのね。わたしはです。お兄ちゃんは?」
「申し遅れました。私は、重衡と申します」
「重衡お兄ちゃん?」
「そのようにはお呼びくださいますな。どうぞ、ただ重衡、と」
「じゃあ、重衡さん」
「ええ」
にっこりと笑いあって会話を打ち切ると、重衡は唖然と自分達を見やる瞳を見回してよりいっそう深く微笑む。
「さて、ですが、まずはお召し物を何とかいたしませんと。何か、もう少し小ぶりのものは置いてございませんか?」
「え? ああ、そうですね。子供用の物はありませんけれど、殿が着ていらした小袿でしたら、くくれば何とかなるかしら」
「なら、私の水干を使ってくれ。その方がまだ大きさが近い」
「よろしいのですか?」
「ああ。ちょうど、小袖のような感じでお召しいただけると思う」
黙って遣り取りを聞いていた敦盛がそう言葉を挟み、さっそく取りにいこうと腰を上げる。
「知盛殿もそれでよろしいでしょうか?」
「ありがたく、拝借したいと思います」
そしておずおずと向けられた問いに重衡はにこりと笑って頷き、それを受けて敦盛は足を踏み出す。
「ああ、私も一緒に参ります。さすがに、ここで着替えていただくわけには参りませんから」
「お着替え?」
「ええ。もう少し、体にあったものに換えましょう」
器用に体に単衣を巻きつけて動き回っていたが、引きずったりずり落ちたりと、は実はかなりきわどい格好をしている。それをさりげなく直してやりながら、朔もまたの手を引いて腰を上げる。
「では、しばし失礼いたしますね」
よくわからないという表情できょろきょろと周囲を見回していただったが、目のあった重衡に笑顔で頷かれてぴょこんと立ち上がる。そのままちょこちょことした足取りで朔の隣を進む背中を見送ってから、やおら重衡は笑顔を掻き消した。
Fin.