朔夜のうさぎは夢を見る

状況を整理せよ 〜兄弟と義兄弟の間〜

 しかし、当人に起きてもらわないことには事態の把握もままならない。困りきって顔を見合わせる座に、そしておずおずとかけられるのは家人による来客を知らせる声。
「失礼いたします。なにやら、急ぎのお召しとのことでしたので、上がらせていただきました」
「よくきた重衡! ナイスタイミング!!」
「たい……ああ、折り良く、と。それはようございましたが」
 さすがに三年にわたる布教活動は功を奏しているらしく、将臣の使った横文字をさらりと飲み込んで、重衡は座敷の奥で大きすぎる単衣にくるまって横たわる子供に視線を据える。
「………兄上に、隠し子が?」
 一瞬の沈黙の後、たちまち座に爆笑が響き渡ったのは致し方あるまい。ごく生真面目な表情のまま、とにかく反応の種類から自分の推測が外れたことは理解したらしいが、重衡の疑問は解消されない。
「そうか、ふつーはそういう発想になるよな。確かに」
「年齢的にも不自然じゃないしね」
「とんだ勘違いだったようですね。失礼をいたしました。しかし、だとすると一体?」
「いや、お前の反応はあながち間違っちゃねぇよ。いいから、もっと近くでよーく見ろ。コイツ、やっぱ知盛に似てるか?」
「近づくまでもなく、幼き頃の兄上そのものとお見受けしますが」
 そう言いつつもするすると足を運び、少年の傍らに膝をついてから改めて深く頷く。
「いかな奇跡が働いたかは存じ上げませんが、間違いなくご本人でいらっしゃいますね」
「よくわかるな。なんか目印でもあんのか?」
「確たる証拠といったものはございませんよ。ただ、血の繋がりゆえでございましょうか。感じるものは確かに」
 ほのかに苦笑を浮かべながら、そして振り返った淡紫の視線はきょとんと見開かれる。
「あちらは、ではもしや――」
「お前、本当に順応力高くていいなぁ」
 視線の先には、涙の痕も痛々しい幼い少女。その蒼黒色の瞳が、いっぱいに見開かれて重衡に注がれているのだ。


 将臣は暢気に重衡がこの現実をまっすぐ受け入れていることに感心しているようだったが、それだけではどうにもならない。彼を呼びたてた目的は早々に果たされたが、それは決して解決と同義ではない。
「あの。あの人は、あの子のお兄さんですか?」
「本当は違うんだけど……」
「兄弟って意味ではあってるよ。どうかしたの?」
 くいくいと、自分を膝に抱いている朔の着物を引いて注意を自分に向けた少女は、言いながら視線で良く似た少年と青年を示す。限りなく確信に近い事実を告げることは簡単だが、それではいらない混乱を招きかねない。そう思って言葉を濁した朔を、断言はしないものの事実を隠さない絶妙な表現で望美が引き取る。
 しかし、問い返した途端に少女の瞳には再び涙が滲む。その奥には後悔と罪悪感が揺れている。
 ちょこんと朔の膝から床に降り立ち、少女は「ありがとうございます」と律儀に礼を述べてからいまだ驚愕から立ち直りきれない重衡の許に小走りに寄る。そして、唐突に深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
 今にも泣き出しそうに揺れる声は、痛ましいことこの上ない。条件反射的にだろう。あっという間に穏やかな微笑を取り戻し、あまやかな声で「ああ、顔を上げてください」と促しながら重衡はそっと、壊れ物でも扱うような丁重さで少女の肩に手を置く。
「一体どうなさったというのです? その瞳を悲しみに曇らせてしまった理由を、お聞かせ願えますね?」
「その子、わたしのせいで具合が悪くなっちゃったから」
 やわらかく、甘く、拒絶を許さない。懇願の口調でありながら遠まわしに命じられたその空恐ろしさになど気づいていないのだろう。促されるまま顔を上げ、少女は眠る少年を見てますます表情を歪める。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。