こういう事情 〜結局いつもと同じ夜〜
敦盛の水干の上から弁慶の外套をかけられるというこの上ない贅沢を散々望美に羨ましがられた上で、知盛は夕刻になってようやく目を覚ました。板敷きの床に直接転がっていたためすっかり凝り固まってしまった関節を解し、合流した九郎や将臣と共に譲謹製の夕餉と謹製の蜂蜜ぷりんに舌鼓を打つ。
原因究明のためあちらこちらを奔走してくれていたらしい景時らは芳しい成果がないことをそれぞれに悔しがっているようだったが、当人達はあっけらかんとしたものだし、突発的ハプニングに強い将臣などはすっかり慣れたとも諦めたとも言える調子である。
動き回ったところにあたたかな食事をたっぷり与えられれば、次は眠くなるのが子供の常。あくびを噛み殺すに気づいた朔が就寝を勧めれば、つい一刻ほど前まで簀子でたっぷり昼寝をしていたはずの知盛もそれに倣う。
「お前はどれだけ寝る気だよ」
「眠気を感じられるうちはまだ元気だから、よく寝ておきなさいと宋医に言われました」
「ああ、それは真理ですね。ところで、床はどうしましょうか」
思いがけず知盛の過眠症とも思える睡眠具合を奨励した存在を知って頭を抱える将臣を一顧だにすることもなく、弁慶は当面の現実問題を指摘する。
「やはり、部屋は近い方がいいでしょうか?」
「え? わたし、知盛くんと一緒に寝るんじゃないんですか?」
引き離す理由はないし、ふと不安に襲われた時、近くに安心材料があれば互いに心持ちが違うだろう。そう気遣っての弁慶の提案には、時代背景による男女の距離感など軽く超越したによる疑問が差し挟まれる。
さすがに彼らは今はまだまだ幼い。知盛は既に元服を迎えたようだったが、今日一日を共に過ごした限り、彼らが同じ部屋で休んだところで何の問題もないことはわかっている。それでも、物心がつく前から刷り込まれた常識というものはなかなか首を縦に振らない。
「君達がそう望むなら、まあ、それでもいいのでしょうが……」
真っ赤になった九郎を取り押さえるのに苦心している景時をちらと流し見、同じく頬を染めながら思わず目を逸らしてしまった朔を流し見、弁慶は脳裏にざっと考えうる事態を並べ挙げる。
「お一人は、淋しいですか?」
「うん。それに、昨日も知盛くんと一緒に寝たんでしょう?」
だから今日も、というのはさすがは子供の理論だが、そこに含まれる深い意味を理解していないだろう無邪気な笑顔が眩しすぎる。
「………俺は別に構いませんし、何もないと、そう誓えますが」
さすがにこちらは常識やら含みやらに何か思うところがあったのか、どこか神妙な様子で知盛が口をはさむ。
「あー、“お前ら”に問題がないのはわかってんだよ。問題は、“あいつら”なんだよ」
「あいつら?」
フォローのつもりが墓穴を掘った将臣は、復唱して首を傾げる知盛に「悪ぃ、忘れてくれ」と手を合わせている。
「いいじゃん、それで。はその方が安心するだろうし、何もないって知盛も言ってるんだし」
「そうですね。ただ、準備が間に合いませんでしたので、今朝の単衣を使っていただくことだけはご了承いただきたく思いますが」
もっとも、問答を繰り返しても埒が明かないのは明らかである。早々に匙を投げたヒノエの言葉を引き継ぎ、弁慶は明朝に起こりうる事態を想定しての保険を忘れない。
「それで、よろしいですか?」
「あの大きい着物? わたしは大丈夫です」
「俺も、構いません」
今度こそ含まされた意味にまるで気づいていないらしい二人は、どこか訝しげな表情を浮かべながらも素直に了承を示す。その疑問が妙な方向に膨らんでしまわないうちにと、弁慶は景時を振り返って寝床の準備を願い出る。
Fin.