ゆめをわたりて
お付きの女房数名のみを交えた席は始終穏やかで、ちらと視線を向けた先、主は自分付きの女房のことなど気にした風もなく、父と弟と杯を傾けあっているようだった。呼ばれて庭に下りた重衡が見事な舞を見せたり、投げかけられた和歌に気まぐれのように知盛が返歌を詠んだりするのを見やり、はしみじみ、この不可思議な世界が自身の知識にある過去の姿に似ていることを思い知る。
食習慣であったり衣装のことであったり、あたりさわりのない話題で楽しませていたに、話が一区切りついたところで尼君はにこりと笑う。
「ほんに面白きこと。興が尽きぬと知盛殿がおっしゃる意味が、よくわかりました」
「もったいなきお言葉にございます」
どうやら愛玩動物としての価値は存分に認めてもらえたらしい。楽しげな笑みに蔭りはなく、は素直に礼を返す。
「国母様も帝も、しばらく邸に滞在なさります。あなたのお話を聞いてみたいと申されておりましたゆえ、お声をかけられましたら、よくよくお話し相手をお勤め申し上げますよう」
現人神とも謳われる帝を邸に招けるのだから相当な地位にあるのだろうとあたりを付けていたのだが、滞在ともなればその権威はいわんや。何も知ることなく、どこか気さくな距離を貫いている主従関係が知盛の気紛れによって庇護されたそれとは知っていたが、その気紛れこそが権勢の裏返しでもあるのだろう。
そっと視線を走らせただけでも、存分に知れる。媚びへつらい、取り入ろうとすりより、実のない美辞麗句を舌先で翻弄する客人の数々。なるほど、日頃からこのような面々を相手にしていれば、つまらない、退屈だとの言が口癖となるのも致し方あるまい。まして、偽りに濡れ、虚飾で飾り立てるのを嫌う主の性格ならばなおのこと。
枕殿と呼び、からかいながら睡魔に身を委ねる時間が知盛にとっての息抜きであることは早々に察していたが、思った以上に、許されたその立ち位置は懐深くまで招き入れられたものだったらしい。
にとって、知盛との出会いは僥倖だった。生きる場所という意味でも、生きる意義という意味でも。きっかけは生きる場所を得たいという欲求であり、続いたのはこの稀有なる優しき人への恩返しの念。そして今、改めて添えるのは感謝と祈り。稀有なる人の許してくれた稀有なる場所で、いつか自分との出会いを善いものだったと笑ってもらえるようにありたいと、その思いを噛み締めなおすのだ。
主催者にして主賓でもある知盛の両親が一足先に退席した後、一体何がきっかけだったのか、集う面々は楽の競い合いを始めたようだった。次々と奏でられる音曲に、宴に彩を添えていた白拍子達が舞をあわせる。奏者が変わるごとに、各人の演奏への評価とそれに端を発する噂話とが囁き交わされ、日々を知盛の邸にてほとんど情報を遮断された状態で暮らすは、そのすべてに目を円くしながらふむふむと聞き入るばかりである。耳にしたことのない話を聞いていたかったことと、土産にと所望されたそれに応えるためと。そして、実は密かに聞き覚えのある名前を探していたのだ。
日本史に詳しいわけでもなければ、古典に精通しているわけでもない。結果、はこの世界を“どうやら日本語が通じる、古い時代に似たどこかの異世界”と判じていた。いくら歴史や古典に疎くとも、の知る限りの世界では、日本人と呼ばれる人種は黒目黒髪をベースとしている。よって、目に鮮やかな色とりどりの髪や瞳が当たり前のように闊歩するこの世界は、自分の知る世界とは似て非なるもの、というのが根拠である。
どことなく平安時代のようであるとは感じていたが、時の帝の名前を聞いてもぴんとこないし、これまでは日々の生活に必死で、それどころではなかった。何より、異世界なのだから自分の知る歴史と照らし合わせる意味もあるまいという楽観もあった。しかし、読み書きに慣れて邸で紐解いたのはどうやら源氏物語のようだったし、百人一首で諳んじた歌を歌集の中に見つけもした。
共通項がないわけではないようだと思っていたところに、決定打となったのは先の笛の奏者。大夫殿と呼ばれていたその少年は、名を敦盛というらしい。ぼんやりと記憶の隅に引っかかる名前は、ならばいずれかの教科書に載っていたものだ。年表はろくに思い出せないため却下。次の候補は古文の教科書だが、さて、最低限にしか学んでいないにとって、触れた覚えのある古典は枕草子に徒然草、そして、あまりにも冒頭の一節が有名な平家物語ぐらいなもの。
脳裏を駆け巡りはじめた薄暗い予感に、指先の冷えを押し殺す。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
覚えているのは有名な場面だけ。義経が崖を駆け下りた逸話に、那須与一による扇的を射落とす逸話。平家にあらずんば人にあらず、そう言い放った一門が壇ノ浦で沈んだ結果、三種の神器が喪われたという伝説だけ。
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
自信をもって諳んじられるのはそこまでだ。驕れるものは、と続いた気がする。驕れる平家も久しからず、ということわざは覚えている。だが、それだけなのだ。覚えのある名前など限られている。
平清盛、安徳帝、建礼門院。源頼朝に源義経、北条政子は北条時政の娘。いい国作ろう鎌倉幕府で征夷大将軍となった頼朝より、いざ鎌倉の尼将軍の演説の逸話の方が好きだった。政子は男前だったのだなぁ、という感想の次は、晴れた日に不意に起こった承久の乱。天皇だの院だの上皇だのは、名前がややこしいのでテスト前の一夜漬けであり、もはや忘却の彼方。
照らし合わせて、例えば知盛が平家一門に名を連ねる立場だったとして、は自分にできることは何もないと知っている。この世界が自分の知る歴史どおりに動くのだとしても、壇ノ浦で平家が沈むこと以外を知らないでは、何をすることもできない。独りで生きる術のないには、ならば没落するだろう一門を捨ててどこかへ行くというあてもない。そもそも、そんなことをするつもりはない。何を知っても、この場でひたむきに生きるしかないし、傍に在ると誓った主を裏切ることなどできようはずもない。だというのに、なぜ知ろうとするのか。
「胡蝶さん?」
「――ッ!?」
呼びかけられてはたと我に返ったは、響いていた篳の音がやんでいることに気づき、その奏者が桜梅少将と呼ばれる男であり、先だって実父を亡くしたばかりであるとの噂をぼんやりと聞き流す。では、枕宣言をされたあの夜まで、知盛が出向いていたのはその父親とやらの葬儀だったのだろう。そんなことをようやく悟る向こうでふと御簾の向こうを見やり、主の姿が消えていることに気づく。
Fin.