とこしえにも似たるもの
「手を」
「え? あ、はい」
言ってゆるりと腰を折り、屈み込んで織姫の左手を掬い上げた無骨な指先に、淡く白銀の光が灯る。
「あ、もしかして」
「溜め込むことが美徳とは限らぬ。そうして苦節に耐えてなお耀く御霊は美しいが、な。……澱みない流れこそが、畢竟、誰にも心地良いものだ」
薄く笑い、小さく伏せられた瞳の向かう先で、淡い、桃色がどこかくすんだ光と白銀の光が交じり合い、そして織姫の指先へと流れ込んでいく。驚愕か、物珍しさか。まじまじと見つめる幾対もの視線の中、知盛はそっと織姫の指を解放し、ついでとばかりにその横髪を留めるピンを掠め、髪を撫で下ろす。
「声が、聞こえるのだろう? ならば聞いてやれ。小さき声と、それを無視していても何にもならん。誰が見誤ろうとも、己を欺こうとも、その声ばかりは魂の叫び。向き合わずしては先に進めぬ……。向き合い、そして折り合いをつけることだ」
そう、どこか抽象的でありながら何かを意図しているとはっきりと告げる言葉だけを残し、知盛は残る乱菊たちにさらりと礼を向けて、さっさと戸口に向かっていた日番谷に向き直る。
「らしくねぇな」
「いつもの気紛れ、と」
「にしてもらしくねぇ。なんだ、感傷的にでもなってんのか?」
「……やもしれぬ」
そのまま並び立ってさっさと退室してしまった、接点のわからない凸凹な背中をぽかんと戸の向こうに見送り、残された面々はとりあえず顔を見合わせて首を傾げあっていた。
定時で上がる日番谷も珍しかったが、その彼が誰かを食事に誘うことはもっと珍しいし、何より四番隊の下位席官と顔見知りであるらしいことも意外だった。驚愕に呑まれたままうっかり見送ってしまった乱菊は、慌てて手近な恋次に振り返る。
「ちょっと、アレ、どういうこと!?」
「いや、俺に聞かれても困るんスけど」
「なんで隊長と仲良さそうなの!? 食事になんか、あたしも滅多に誘ってもらえないのよ!!」
「だから、俺に聞かれても困るって言ってんじゃないっスか」
当初の怒りの原因であった知盛の慇懃無礼かつ遠慮の欠片もない物言いよりも、乱菊にとっては自隊の隊長が見知らぬ交友関係を持っていたことの方が大きかったらしい。散々に恋次に文句をぶつけるのを見ながら、一護ははたと思い立ってぽけっとソファに座ったままの織姫を振り返る。
「おい、井上。大丈夫か?」
「え? あ、うん。……大丈夫?」
何をしていたのかは知らないが、一護にとって相手は得体の知れない存在である。鬼道の類がさっぱりであればこそ、先ほどの遣り取りが良いものか悪いものかさえわからない。そう思って問いかけたというのに、織姫は何を案じられているのかがわからない様子でこてんと首を傾げる。
「治療用の鬼道を、わかりやすいように外に霊圧漏らしながらやってただけだ。害はねぇし、体が軽くなってんだろ?」
「すごい、一角さん、よくわかりますね」
「このぐらいはな」
戦闘馬鹿の集団と陰口を叩かれようと、三席は三席。見ればわかると告げた一角に、恋次をいじることに飽きたらしい乱菊が乗ってくる。
大の男の胸倉を掴んでいた手を離し、テーブル越しに身を乗り出した乱菊は問答無用で織姫の腕を掴んで自分の眼前に持ち上げる。
「ホント。腕はいいみたいね」
「身のこなしも切れがある。ありゃ相当な使い手だな。おまけに、相当一護のことを嫌っていると見える」
「あー、それは俺も感じました。てか、そんなに嫌われるようなことを他にも言ったのかよ?」
前半は一角に、後半は一護に向けた恋次の同意に、一同の視線は自然と一護に集中する。
「そりゃ、お前らに言われたアレは確かに失言だったと思うけど、他は特に何にも言ってねえよ。だろ?」
「まぁな。別に、旅禍だからって毛嫌いしている様子でもねぇし」
そこまで言って、一角はすっかり冷め切ってしまった茶を一気に喉に流し込んだ。
「とりあえず、なーんかキナ臭ぇ。日番谷隊長の言ってたことも気になるしな。少し、調べてみねぇか?」
騒動の予感は、即ち退屈しのぎの予感。にったり笑った一角に、乱菊はいい笑顔を、その乱菊に首根っこを押さえられた恋次は引き攣った笑顔を返す。
Fin.