とこしえにも似たるもの
落ち込みついでにとことん落ち込んでおけと言わんばかりの勢いで、一護はそれからステレオ式に先ほどの四番隊で遭遇した男についての情報を浴びせかけられていた。
名前は知盛。流魂街は東二十五地区出身で、入隊は三十数年前。恋次たちの後輩に当たるのだという。
可もなく不可もなく、特に目立った業績もない平隊員としてキャリアを積み、けれど十五席などという席官入りを果たしたのは特異な事情があるという。
「斬魄刀の名を知らない隊長は更木隊長だけだけど、そういう席官はだけよ」
「始解もできないのに、席官なのか?」
「それが事情ってヤツよ。はね、それを凌駕するぐらいの特異体質なのよ」
「特異体質?」
「なんか、いろいろ制約はつくらしいがな。相手の霊子を、自分のものと交換できるんだってさ」
復唱した一護に、そっと低めた声で恋次が応じる。
「俺は見たこともないし世話になったこともないから、詳しいことは知らねぇけどな。効果だけ簡単に言っちまえば、相手の浴びた毒を、肩代わりできるってことらしい」
おまけに、毒への耐性も他の者よりよほど強く、さらには一旦浴びた毒に対しては彼自身の霊力そのものが血清の役割も果たす。お蔭で、虚の毒にやられた死神の治療には彼の存在が非常に便利であり、席次に関わらず対応させるための苦肉の策が、この“始解さえできない下位席官”というなんとも複雑な立場であるということ。
「あー、なるほど。それで、さっきの脅し文句か」
「なんか言われたのか?」
「あ、いや。俺じゃなくて、四番隊で騒いでた十一番隊の連中なんだけどな。ガタガタ抜かすと毒塗るぞ、みたいなこと言われて、一気にシーンとなってたから」
「そりゃ、そうなるわよ。毒を塗るのは冗談としても、前例がなかったり、原因がはっきりしない毒は基本的に全部頼みなのよ? 前線に出ることの多い十一番隊としては、絶対に敵に回せない相手だもの」
ねぇ、と。同意を求められた一角は、自隊の隊士がコケにされたことへの感慨は微塵もみせず、あっさりと頷く。
「実際、そうやって命拾いしているヤツも少なくねぇしな。先遣のヤツが体張って毒を持ち帰って、ヤツが体張って血清を作るお蔭で、後続は毒の被害を最小限に抑えられてる。そうと知ってるヤツは少ねぇが、その分、知ってるヤツの信奉っぷりはすげぇぞ」
「あー、それ知ってる! てか、コアなファンが多いわよねぇ。あたし、この前男を振ってるとこ見ちゃったし」
「かといって、付き合ってる女がいる様子もないんで、男共が希望を捨てきれねぇんスよね」
それまでとはまったく別の意味で危険な話題に走りはじめた乱菊たちに表情を強張らせていた一護は、救いを求めるようにして見やった隊首席の日番谷がふと窓の外に視線を巡らせるのを見て、何事かと首を傾げる。
「冬獅郎? どうかしたか?」
「……その話題の相手は、どうやら井上織姫と逢引中だぞ?」
「うっそ!?」
ぽそりと与えられた言葉に真っ先に反応した乱菊共々、あっという間に窓に鈴なりになって顔を出してみれば、確かに、道の向こうから見知った少女と見慣れぬ男が連れ立って歩いてくる。しかも、かなり仲良さげに談笑をしながら、だ。
これはどういうことかと、状況を整理しきれない一護の脳内の混乱など知ったことではないのだろう。乱菊がいっそう身を乗り出し、大きく手を振りながら「おーりーひーめー!」と声を張り上げる。
「あ、乱菊さん!」
呼びかけに気づいたのか、それまで隣を見上げてにこにこと笑っていた織姫が、ぱっと振り返って小走りに駆け寄ってくる。
「こんにちは!」
「こんにちは。アンタはいつも元気ね」
「黒崎くん、一角さんと阿散井くんも。こんにちは」
「おう、井上。どこ行ってたんだ?」
「あのね、花太郎くんの忘れ物を届けに、四番隊に行ってたの」
「あー、なるほどね。その帰り道がわからなくなって、送ってもらった、ってとこかしら?」
「ふふっ、残念でした! 送ってもらいながら、なんと一緒に餡蜜を食べてきたのです!」
じゃーん、という効果音をつけたくなる大袈裟な動きで両腕を広げ、織姫は追いついてきた知盛を振り返って同意を求める。
「へえ。アンタもやるわねぇ。さっそくコナかけてんの?」
「荻堂八席より、デートをしてこい、との命を受けまして」
求められた同意には短く頷いただけで窓に鈴なりになる上位席官に頭を下げた知盛は、からかい口調でかけられた乱菊の言葉にさらりと応じる。
「なーんだ。つまんないの」
「ご期待に沿えず、真に申し訳なく思います」
思わぬタネ明かしに、一護はほっと胸を撫で下ろしたのだが、対する乱菊はあからさまに落胆の表情をみせる。
Fin.