とこしえにも似たるもの
そのままなんとなくの流れでぶらつく中で阿散井恋次に遭遇し、松本乱菊に遭遇し、気づけば一行は、なぜだか十番隊の執務室でそれぞれに湯飲み茶碗を握っている。
「アンタ、それは失言よ」
「そうっスね。まあ、知らなかったとはいえ、マズイことに変わりはねぇし」
「だから! どの辺が失言だったかわかんねぇから、こうして恥を忍んで聞いてんだろ!」
「アイツは、流魂街出身だ」
「だーかーらッ!! それで何がマズかったのかを――」
「魂魄はな、生前の記憶を刻んだまま、こっちでカタチを作るんだよ」
分かり合ったように頷きあう乱菊と恋次に焦れた一護がやけになって叫んだのを引き取ったのは一角だったが、その発言にますます混乱したらしい一護にひやりと言葉を衝きつけたのは、それまで空席だったはずの隊首席に手をかけている部屋の主だった。
「あ、隊長。おかえりなさーい」
「昼休みはとっくに終わってっぞ?」
「固いことはなしなし! それより、続きを教えてあげたらどうです?」
諦め交じりの口調で釘を刺した日番谷冬獅郎は、咎めの言葉をまるで気にした風もない副官とそれを取り巻く面々をうんざりと見やり、けれどその勧めにしたがって椅子に収まりながら言葉を継ぐ。
「あの人が剣を握っていたのは、生前の話だ」
「……あ」
さすがにストレートな物言いは一護の胸に真っ直ぐ響いたらしく、意味を考えるような沈黙の後、ひどく気まずげな表情で俯いてしまう。
「お前に悪気がなかったのは察するがな。忘れるなよ」
俺たちの大半は、『一度死んだ人間』なのだということを。
いらない来客を捌き終わり、ついでだからと入院患者の様子見に足を向けていた男は、背中から意を決した様子で「あの!」と声をかけられ、首を巡らせた。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですけど!」
「何か?」
見慣れぬ衣装は、もはや霞のような懐かしさをどこか髣髴とさせる。きっと、彼女もまた旅禍の一人なのだろうとあたりをつけて今度は体ごと振り返った男は、見下ろす先にあるまっすぐな瞳に仄かな笑みを返してやる。
「私、井上織姫っていいます。ここには山田花太郎くんを探しに来ていて、さっきは第三処置室にいるって聞いて行ってみたけど、いなくて、それで、心当たりのある人はいないかな、と思って」
見やれば、織姫と名乗った彼女はその手の中に書類の束を抱えている。診療に行くと言っていたから、その先で置いてきたというのが事の顛末だろう。あれでよく上位席官が務まるものだとぼんやり失礼なことを考えながら、男はまず求められたものに答えることにする。
「ご丁寧なご挨拶、痛み入ります、井上織姫様。四番隊第十五席、知盛と申します。……山田七席の所在はあいにくと存じ上げませんが、診療に関する書類でしたら、こちらでお預かりすることも可能ですが」
そっと腰を折ってまずは名を返し、次いで予測した用向きの内容を先取りして問いかけてみれば、ぽかんと口を開けて見上げていた織姫の顔があっという間に困惑と焦りと、それから照れによって真っ赤に染まる。
「うわ、あ、あの、そんな様付けなんていいです! 言葉遣いも、そんなお嬢様と執事っぽいのはいいですよ! 織姫って呼んでください」
「織姫様と?」
「ただの織姫ですー」
どこまでもそのままの反応が楽しく、うっかりからかってみても織姫はそれに気づいた風もない。あまりからかっても大人気ないかと思い直し、小さく笑んで男は顎を引く。
「失礼を。では、織姫殿とお呼びしよう。……それで、いかがか?」
「あ、はい。そういう感じがいいです。で、ええと、知盛さん?」
「ああ」
「この書類、なんだかわかるんですか?」
「わかりはしないが、予測はつく……。大方、山田七席が診療後に忘れてきたといったところでは?」
へぇ、と感心しきりの様子で振り仰がれても、知盛は微塵の感動も覚えない。こんな、まさに健康診断用の書類だから構わないものの、どこかしらに何かを忘れてふらふら移動していては上位席官としての守秘義務に引っかかることもままあるだろうに。そこがまた放っておけなくて可愛いのだと騒ぐ同僚の声をどこかでぼんやり思い返しながら、知盛は言葉を継ぐ。
「お会いする予定はないが、机に置いておくことはできる……さすがに、執務関連の部屋に入っていただくわけにはいかないからな」
「じゃあ、お願いできますか?」
「しかと、承ろう」
言って差し出された書類を受け取り、知盛は外面専用の笑みでそつなく頷いてみせる。少しばかり色目を使っただけで頬を染めるあたり、彼女はまだまだ初心らしい。愛いものと、思う向こうによぎった切ない痛みには、なにげない振りでそっと蓋をするに限るのだが。
Fin.