朔夜のうさぎは夢を見る

とこしえにも似たるもの

 現在までのところ、単体での能力でさほど厄介なものがいない点が、刀獣討伐における唯一の救いであった。小隊を編成し、実地の指揮は乱菊に任せて、情報を統括しながら日番谷はひたすら執務に追われている。
 そんな、忙しなくも平穏な日常は、しかし非日常の蓄積であるからには終わらせなくてはならないとわかっている。終わらなければいいと願う気持ちの切実さも、同様に。だから、唐突に訪れた終焉とそれに付随する大騒ぎは、もしかしたらありがたい側面があったのかもしれない。


 第一報は、刀獣の霊圧探知を広域で行っていた技術情報局からの地獄蝶。だが、確信はあったのだ。
 日に日に成功率が上がる討伐任務。気配の薄くなる刀獣達。そして、何も言わずに隊舎を出ていった、己の斬魄刀。
 ああ、これで終わるのだろうと思った。けれど追いかけなかったのは、さほど間を置かずに乱菊がそっと抜け出す気配を感じたからだ。
 黙って出ていったからには、きっと追いかけてほしくないのだろう。水臭いことだと思いはしたが、まあ、仔細はあとからゆっくりと問い正せばいい。自分達は魂の対。戻ってきてくれると知っているのだから、不安には思わない。
 ただ、あらゆる刀獣を取り込んだ最後の一振りは、思った以上の余波を齎してくれたというだけで。


 錯綜する情報とやかましいことこの上ない足音を背景に、日番谷は片っ端から指示を飛ばしていく。
 断末魔の代わりとでもいうかのように、ありとあらゆるところで一斉に咆哮を上げた刀獣。不自然に跳ね上がった霊圧に引きずられたのか、先日の村正の最期に何らかの関連でもあるのか、中規模程度の黒腔がそこここで開き、虚が流れ出しつつあるとの報告には頭が痛くなったが、嘆いている暇などない。市街地やら流魂街で被害を出すわけにはいかないと、手の空いている死神を各隊共同で次々に派遣していく。
 綜合救護詰所には最低限の警備は施されているし、何よりあの男がいる。いまだ復調しているとは言い難いが、前衛に出た死神達の取りこぼしから綜合救護詰所を守る分には、彼がいれば十分だろう。
 後ろを憂える心配がないのは、本当に心強い。指揮を執る誰もが暗黙の了解として彼を信じているから、日番谷達はただ敵の討伐の効率化のみを考えればいいのだ。
「配備は終わったか?」
「総員、出立完了しました!」
「よし。俺も出る。以後の情報は、すべて綜合救護詰所の卯ノ花隊長に報告し、指示を仰ぐように」
「はっ!」
 伝令にと残っていた最後の一団が散るのを見送り、日番谷はその背に斬魄刀を負った。いまだ氷輪丸が戻った気配はないが、遠からずこの刃の中に戻ってくるだろう。それまでの時間で敗北を喫すほど、弱くはないつもりだ。


 サヤは、大丈夫だろうか。隊舎を出てから目的地へ向かっての瞬歩へと歩法を切り替える瞬間、ちらと振り返ったのは四番隊の方角。今日は、確か通院の日であるはず。時間帯からして、きっと既に綜合救護詰所に辿り着いているはずではあるが。
 もっとも、逡巡したのは本当に瞬き一回にも満たないほどの時間であった。日番谷は、今この瞬間の己が“日番谷冬獅郎”という個人ではなく、“十番隊隊長”として在るべきだということを知っている。一人の知己の無事よりも、職分を果たすことをこそ優先しなくてはならない。
「――任せるぞ」
 呟きは、自身が宙を踊る風音によって、あっけなくかき消された。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。