朔夜のうさぎは夢を見る

とこしえにも似たるもの

「原因となっている刀獣さえ倒すなり掴まえるなりできれば、俺の肩の荷は下りる。だが、知らぬうちに斬魄刀に戻られてしまっては、もはや探し出すことさえ困難」
「……だから、とっとと何とかしろってか?」
「我ら四番隊は、あくまで後方支援が主体。前衛で走る方々に動いていただかなければ、どうにもならないこともまた多い」
 くつくつと喉を鳴らしながらの物言いに、日番谷は自分が巡り合えた絆への感謝を改めて思う。得難い絆を失わずにいられる幸運を、噛み締める。
「背中のことは、案じるな」
 ふと改められて降ってきた声の深さと重さは、彼がどこかで重ねたのだろう過去の底知れなさを垣間見せる。
「ここも、あの娘も。俺の力の及ぶ限り、守る」
 護りたい存在を託せる信頼に背を押されるように、振り仰げばもはや気弱な思いは微塵も浮かべはしない。
「こんな奥まで踏み込ませるか。辿り着く前に、とっ捕まえてやるよ」
「それは、頼もしいことで」
 わざとらしく言葉を交わし、目は合わせないまま日番谷はくすくすと笑った。
 守りたい日常が、ここにもある。それを知って戦線に立つ心強さを、なんだかとても久しぶりに思い出したような気がして、不謹慎にもとても嬉しかったのだ。


 とはいえ、幸か不幸か、事態の硬直は決して長く続くものではなかった。見回りの強化と範囲拡大のおかげで刀獣の発見率は格段に上がり、討伐の率も非常に高い状態で推移している。一振り、とんでもなく厄介な規模に成長してしまった刀獣がいるらしいことが明らかになったのは頭が痛かったが、注力すべき点が明らかになったことは、ありがたいと考えるべきか。
 病み上がりにもかかわらず知盛の忙しさは相変わらずであるようだったが、サヤの能天気さというか図太さというかも相変わらずであった。どうやら二日おきの通院を、毒を抜くための治療と聞かされているらしい。疑いもしないのは、きっとあの男の役者ぶりが徹底しているからだろう。
 余計なことを言ったために余計な詮索をさせては治療の邪魔になるだろうと判じて、日番谷は知盛から情報を聞きだした翌日、昼食を届けてくれた折りにやんわりと「完治を請け負われたのは前例がない」という発言についての言い訳を試みていた。死神ではないのに死神達の事情に巻き込まれたことを気遣っての発言だったようだと、拡大解釈にも程がある説明を紡いでみれば、あからさまに安堵の表情をみせられてしまったのだから、何とも後ろめたい。


 結局、どうして知盛がああも切迫しているのかの原因はわからずじまいだった。無理に聞き出すことを諦めたのだから、構わないといえば構わない。それに、少なくともあの不自然な緊迫感は緩和されたから、彼の中では何らかの折り合いがつけられたのだろう。
 ぴりぴりした空気さえ振りまかなければ、知盛は無口で無表情な一面がなぜか患者からの信頼感を強化させる、腕のいい医療従事者である。疑うことなく日番谷の言い訳を受け入れたサヤにも、彼は同じ感想を抱かせたらしい。
 日番谷殿からお話を聞いたとおっしゃっていました。刀獣の毒の患者としか聞いていなかったため、てっきり死神だと思っていたから、驚かれたのだとか。言葉が足らず、怖がらせてしまったなら申し訳なかったと。
 どうやら日番谷が聞き知らなかった一幕もあったようだという事実がその報告から垣間見えたが、根掘り葉掘り聞き出すのも趣味が悪いので、黙っておくことにする。
 とても冷静に対処していただけるので、安心していられます。それに、たとえわたしが死神でないからとか、初めてのことだとかいう事情を抜きにしても、なんだか信じられます。きっと、絶対に治していただけるのでしょう。
 にっこり笑って断言してもらえたからには、いたずらに煽ってしまったかもしれない医者不審の払拭は成功しているのだろう。その信頼を現実にするためには、知盛にも言われたとおり、前線部隊の日番谷達が頑張るしかないのだが。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。