とこしえにも似たるもの
追いつけない。触れられない。暴いてはいけない。垣間見ることさえ許されない。
わかるのは、どうやらサヤは本当に、救いようのないほど深くて致命的な何かを知盛に与えたということ。いつになく硬質な空気を纏う姿に、己の無力さを歯痒く思う。
「あんたとサヤは、似ているな」
代わりに絞り出した声は、ほろ苦い笑みに濡れていた。
「どうしようもなく譲れない何かをひたすらに追いかけて、その一点に関して、本当に頑固だ」
まるで、それを追うことをやめてしまっては命を永らえさせる意味さえなくなるのだと言わんばかりの、あるいは盲目的なひたむきさ。一途といえば美しいが、それ以外の価値観との間にあるあまりの落差は、危うさを感じさせて、目が離せない。
思わずこぼれてしまった感想めいた独り言に、しかし意外にも知盛は視線を向けてきた。はたりと長い睫毛が鋭い視線を一度覆い、ついで現れたのは詳細を求める色。その底に、見慣れぬ弱気な光を滲ませて。
いたずらに他人の過去を吹聴するのは、褒められた行為ではないだろう。言っていいものかとわずかに躊躇い、けれど日番谷は知盛を信じることにした。伝えたところで、この男ならば噂のネタにすることもないだろうし、サヤに対する見方を変えたりもするまい。それに、もしこれで知盛が抱え込んだらしいよくわからない衝動を少しでも緩和できるなら、きっとサヤにとっても益となる。
「サヤは、生前の記憶が何にも残ってねぇんだ。自分がどこの誰で、どんな名前だったのかも」
「……では、“サヤ”というのは?」
「その空白の記憶の中で、唯一残されていた単語だってさ」
誰かの声で、“サヤ”と呼ばれた。だから、それを名として纏う。そして、今でも信じて待っている。自分から探しにいけないならせめてと、彼女は諦めずにずっとずっと、自分をサヤと呼んだ、自分の真の名を知っている誰かを、待っている。
かいつまんで話しながら、改めてサヤの意固地さの不安定さについ眉根を寄せてしまった日番谷とは対照的に、無感動のまま終わるのかと思った知盛が、そっと、しかし確かに息を呑む。
「そう、か」
やがてぽつりと落とされた声は、日番谷の聞き違いでなければ、何らかの感慨に震えているようだった。それはもしかしたら、淡い希望を必死に抱きしめながら悠久の時を刻む同胞の存在を知ったことへの安堵だったのかもしれない。もしくは、共感する思いがあればこその、情動だったのかもしれない。
やはりよく似ていると、今度の感想は胸の奥に沈めることに成功した。
いつか巡り合えるという、不確定の未来に辿り着かない可能性になど目も向けずに走り続ける勁さと危うさは、きっと当人達こそが痛いほどに自覚している。
そのまま視線を欄干の向こうへと戻し、知盛は静かに呟いた。
「あの娘は、死神ではない……我らの事情など、知る必要はなく、巻き込まれるべきではない」
唐突な発言であったが、それが先の拒絶を滲ませた断言についての言葉足らずな説明であることは、すぐに察された。
「だから、アイツの日常をなるべく崩さないような手段を選んだのか?」
「過剰に反応して刀獣に手出し不可能とみなされては、いたちごっこになるという打算もあったが」
これはきっと、彼なりの礼のつもりなのだろう。日番谷が紡いだ言葉に、不器用なほど律儀に対価を示した結果。根拠のない予感が、本当の理由はもう少し違うところにあると囁いていたが、告げられた内容もまた偽りではないと感じていたから、黙殺することにした。
きっと、ここが限界だ。自分達の関係ゆえにではなく、彼が抱える祈りの切実さと、脆さゆえに。
羨むのとも、蔑むのとも違う。ただ、自分には微塵も存在しない価値観の置きように、日番谷は戸惑い、惹きつけられ、恐怖する。
「俺に、何かできることはあるか?」
問うたのは、このまま知盛が自分の知らない所へ消えてしまう可能性を思ったからだ。誰にも明かすつもりなどなかっただろう内心を一端とはいえ明かしたからには、それを置き土産に、目の前から消えてしまう気がしていた。そんな未来のために、知りたかったわけではないのに。
見るなというならば目を逸らそう。暴くなというならば知らぬふりを。触れるなというなら指さえ伸ばさない。
だがどうか、追うなというのでも、見送ることぐらいは許されないだろうか。
子供じみた我が儘だと内心で自嘲しながら、日番谷は縋る思いを殺せない。
わずかにでも、どんな形でもいい。見知ってしまった以上、忘れることはできない。過去は不変の事実。未来と完全に切り離されることは、ありえないのだ。
助けてもらっていると感じているから、自分も助けになりたい。それは、一方的に施しを受けるという立場への不満からではなく、相手を大切に思う自分の心を、何とか伝えたいと願うから。
見上げた先で驚いたように瞬いた双眸が、ふといたずら気な笑みを湛える。
「体調管理と、ご自分の責務の完遂を」
どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか。あくまで慇懃な口調でありながら、声音は気安く笑っている。今はそんな、言葉遊びに付き合っているゆとりはないのだと。わかりにくい言い回しを不満に思う表情を素直に顔に出せば、すぐさま言わんとしていることを察してくれた知盛は、笑みにはにかむ気配を滲ませて、言葉を継ぎ足す。
Fin.