とこしえにも似たるもの
注がれる視線などどこ吹く風といった様子で湯飲みに口をつけていた知盛が沈黙を破ったのは、決して短くない時間を経てからのことだった。
「遊ぶつもりであろう」
ぽつりと声を落とし、ふと持ち上げられた視線が夜闇の向こうを鋭く睨み据える。闇に滲んでいた輪郭が、まるで光を纏うかのようにまざまざと浮かび上がるのを、幻視する。
「宿主に根差し、徐々に霊力を吸い取る毒……いや、呪いに近いか。即効性をあえて薄めているとすれば、いつでも追えるようにとの標を刻んだととるのが妥当」
獰猛に嘲笑いながら歌いあげられた言葉を反芻して、日番谷は息を殺す。
「新たな主として、傀儡にするのが目的か。喰らって糧とするに際し、何らかの罠とするつもりか。……真意までは、読みとれんがな」
「じゃあ、あの鏡門と曲光は、」
「標の存在を、下手人たる刀獣から覆い隠すためのもの」
そして溜め息交じりに、知盛は付け加える。
「引き受けきれる類のモノではない。――あの娘が耐えていられるうちに禍根を断つためには、あの程度の罠では、存分とはいえないのだろうが」
大きく息を飲んでから眉間の皺を深め、黙り込んでしまった小柄な死神をちらと見下ろし、知盛は素知らぬふりで再び視線を前方に戻した。隊長格御用達の店の娘であり、特に十番隊隊長に気に入られているからには事情がある程度知られているのではないかと想定していたが、この入れ込み具合は想像以上である。
人の良さゆえに労苦を背負い込むのは、いったいいつの世も、どの世界も同じことか。面倒見がいいというのも表裏一体だと。当人に聞かれては文句を浴びせかけられること必至の評を胸中に飲み込み、知盛は意識の片隅へと追いやられていた気配に感覚を傾ける。
ただ霊圧を探るだけならば探査可能範囲の外に出てしまう距離だったが、自身の霊圧を細く糸のように繋ぎ、伸ばしているため何とか捕捉が適う。夕刻からずっと位置が動いていないということは、きっと自宅に帰りつき、外出していないということなのだろう。
今回の知盛による報告を受けて、瀞霊廷全体を網羅する形での警備体制が整えられたと聞く。その分、隊舎が集中する区画に重点を置かれていた警備が薄くなっているということも、こうして中途半端に病み上がりの知盛が当直めいた真似をしている一因なのだ。
根は深く、既に取り去れる程度の浅さは突破してしまっていた。相手が死神であれば強引に引き剥がすこともできただろうが、サヤの霊力ではその荒療治こそが致命傷になりかねない。根こそぎ吸い取られていないのは、決して不可抗力ではあるまい。
恐らくと目星をつけた斬魄刀の持ち主は、二日前に原因不明の不審死が確認されている。
「申し訳ないとは思うけど、これは、あんたの手に負いきれることなのか?」
「いや、無理だろうな」
おずおずとした様子で遠慮がちに疑問を差し向けられ、知盛は否定をつき返した。
「たとえ万全の状態であっても、俺では対処しきれんだろう」
「じゃあ、なんで」
言葉を選ぼうとして、結局見つけ出せなかったのだろう。中途半端に声を詰まらせた日番谷の言わんとしていることを察して、あっさりと肩をすくめながら知盛は応じる。
「相手が刀獣である以上、俺の独力で対処しきるのは難しい。だが、俺でなくば緩和のための術を施せず、そこに他者の霊圧が混じった場合、いかな副作用が現れるかは、わからない」
処置が不要であったなら、あるいはもはや処置するには手遅れと判じられる程度であったなら、きっとこの任務は別の死神に回されていただろうと知盛はわかっている。だが、現実として知盛はサヤの存在を追いかける役回りを担い、その他の人手はいたずらな被害範囲の拡大を防ぐことに割かれている。
納得と同時に次の疑問が浮かんだらしい翡翠の視線を受けながら、知盛はゆるゆると言葉を重ねる。
「いずこかに隔離する。見張りをつける。切り捨てる。……選択はいずれでもかまわなかった」
四番隊隊員として、知盛が譲れなかったのは綜合救護詰所をいたずらに危難に曝すわけにはいかないという一点のみ。後は、許される選択肢に限界があったというだけ。
「たまたま、あの場で、俺が俺の権限でもって下せた判断が、この結果だった」
それだけだ、と言い切った知盛に、日番谷は喉元までせりあがっていた言葉をどうしても音に託せず、呑みこんでしまう。
Fin.