朔夜のうさぎは夢を見る

とこしえにも似たるもの

 日番谷は義理堅く口が堅いため、そんな個人の事情を軽々しく口にしたりはしないが、さすがに己の斬魄刀には明かしたりしているのだろうか。知り合いではないのかと問われた時点で予測はしていたが、まさかこのような形で確信を得ようとは思っていなかった。思い至った途端に急速に深まっていく親近感に脳裏の片隅で現金なものだと苦笑し、推測を過程に変えるべく、慎重に言葉を選び出す。
「わたしがこの名を纏うのは、この名の由縁を知っている方に、見つけていただきたいからです。“”殿も、同じだとおっしゃるのですか?」
「誰に聞いたわけでもないため、すべては私の感覚だが」
 前置きは氷輪丸の発言の信憑性を薄めるような言葉で成り立っていたが、サヤにとっては確信を強めるそれでしかなかった。
 斬魄刀は、死神の魂から生まれる存在。しかしその存在を確たるものへと昇華させるには、死神が斬魄刀の名を知り、呼び、共鳴して調和することが絶対条件。きっとこの尸魂界において、誰よりも何よりも、名という呪縛を、身をもって理解している存在なのだ。
「真実がどこにあるのかまでは、私にはわからない。何が正しいのかも知らない。だが、同じように傷を抱え、同じように願いを抱えているのなら、わかり合い、支え合うこともできるだろう」
 真理を確かめた先で、求めた答えが得られなかったのだとしても。


 繋げられた言葉の優しさに、サヤはようやく氷輪丸の訪問の意図に思い至り、どうしようもなく口元を綻ばせてしまう。
「確かめる、というのは、あの人が私の探す相手かどうかではなく、互いの抱える願いの在り処を、という意味だったのですね」
「前者の意味も、ありはしたが」
 同病相憐れむことが正しいとは限らないが、願いに縋り、祈りを信じて必死に強がるばかりでは折れそうになる心を、きっとこの優しい斬魄刀は見抜いてくれたのだろう。ゆえに、諭しにきてくれたのだ。可能性の傍にいることでいずれ絶望するならばと距離を置くのではなく、絶望の向こうで傷を分かち合い、孤独を慰め合うという道行きもあるのだと。
「そうですね」
 まだ、可能性の行き着く先を直視する勇気はない。この不明瞭で不確定な夢から抜け出すだけの覚悟もない。だが、いずれ醒める夢ならばと、真理を確かめることを恐れ、自分に向けられる由縁のわからない願いから逃げ出すという選択肢は、この場で捨て去ってしまおうと決める。


 振り払って背を向けるには、だってサヤはあの死神の青年の瞳に宿る絶望が気がかりで仕方なく、日番谷があそこまで必死になる相手のことが興味深かった。
「彼も、私も、互いが互いの求める存在ではないかもしれません。ですが、その上でなお、たとえ細く脆いものだとしても、呼びかけることで名を鎖にできるでしょうか?」
 詮ない問いかけだ。たとえここで氷輪丸が是と答えようと否と答えようと、真実が互いの胸の内にしかないと、サヤはもちろん知っている。それでも、問うてみたかった。名を鎖とすることの希望を知り、鎖の先を握る存在を探してさまよう自分に、同じく放浪を続ける存在を教え、互いの傷の重みを知る者同士なら支え合えるかもしれないという選択を示した先達に。
「それは、当人達にしかわからないだろう。私はその結末を知りたいから、こうして無責任にも焚きつけにきたのだ」
 けろりと放たれたのは、それこそ無責任な、けれど偽りのない氷輪丸からの本心だった。あまりにもあけすけで裏表がなくて、かえって毒気を抜かれた思いで、サヤはほろ苦く笑ってしまう。


 言い分はまっとうで、大いに共感できる。そして思う。主に似たのか元からの気質なのか、こうも気にかけてくれる存在がいる以上、目の前の可能性から逃げるわけにはいかない。
「お礼を申し上げるべきですね」
 可能性にたゆたっていたいと願うと同時に、絶望に直面したくはないからと、どこかで逃げの算段をしていたのを自覚している。だが、逃げてしまっては絶望の向こうに繋げられたかもしれない、いつ終わるともしれない逍遥を真に理解してくれる存在との絆を、永劫に断ち切ることとなっていただろう。それを求める己の手で、無残にも。
「たとえいかな形でも、結末をみせてもらえればそれでいい」
 斬魄刀の身では、ありえない選択の可能性ゆえに。続けられた言葉は決して軽いものではないが、サヤにはそれが、氷輪丸からの言祝ぎであるように聞こえた。
 サヤのように届ける相手さえわからないのと違い、斬魄刀は、名を届けるべき相手を知っている。だから、迷うことはない。しかし、それ以外の相手と絆を結ぶことはできないのが原則。今回のような、実体を伴って己の意思に従って動きまわることなど、例外中の例外なのだ。
 選べなければこそ知らなかったのかもしれない可能性を、選べる立場にありながら視野に入れることのできなかったサヤに示し、微笑むその心はどこにあるのだろう。
「その上で、変わらず主の友であってくれれば、なお嬉しい」
「それは、どうぞご心配なく」
 手向けられた願いの優しさに、サヤもまたやわらに微笑んだ。この訪問には、きっと日番谷の意図は含まれていないだろう。主によく似た優しい斬魄刀だと思い、本来ならば知ることなどできなかったろうその本質に触れられた己を、とても誇らしく思った。一連の雑務やらであからさまに疲弊していた日番谷は痛ましかったが、こんなにも優しい余韻が残されたのなら、今回の騒動はあながち悪いばかりではなかったのかもしれない。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。