とこしえにも似たるもの
「倒れたって聞いた」
「性質の悪い毒にあたっただけだ」
建物への入館手続きを取った際に得た情報を投げかけてみれば、実に気のない様子で切り返された。病状に響くようなら早々に退出しようと考えていたのだが、何も言われないからには構わないか。
知盛は、自他に対してひどく公正な冷静さを持っている。他者に対する気遣いが足りないとの評を聞くこともあるが、自己に対する甘えのなさの一面だろうというのが日番谷の感想だ。
プライドが低いわけではないだろうに、見栄を張ることをしない。自身の体調を見誤るような無能さは持ち合わせていないだろうし、その判断を日番谷に黙っている遠慮が無用の長物であることも知っているだろう。
だから、話を続けてくれるからには、続けても大丈夫な状態ということなのだ。
「斬魄刀の補佐が十全でなくとも、耐え切れると踏んだから引き受けた。……だというのに、過剰に反応されてしまってな」
「そりゃ、これまでと違ったからだろ?」
「これまでが特殊に過ぎた。これしきの反動であっても、過ぎるほどに異例のことと、わかっていよう?」
ちらと持ち上げられた瞼の向こうから、ひどくつまらなそうな視線が差し向けられる。まさかよもや、お前まで馬鹿なことを言い出すのではないだろうな、と。声に出されなかった雄弁な問いかけに、日番谷は思わず苦笑を刷いてしまう。
毒を肩代わりする代償に調子を崩すことはあっても、ここまであからさまなのは初めてだったため強制的に病室に放り込まれたと聞いていたのだが、思いのほか知盛は元気であるらしい。慣れもあるだろうし、自覚もあるだろう。そして何より、彼の保ち続ける冷静さが、現状にいたずらに一喜一憂するという愚挙を排除しているのだと日番谷は思う。
「治るのか?」
「職務に復帰する分には、もう問題ない」
あからさまに答えの焦点をずらされてしまったが、無理に糾弾するつもりもなかった。糾弾するだけのゆとりがあった頃ならば別だが、今はそんな悠長なことは言っていられない。
戦況が厳しさを増すほどに、声高に叫ばれるのは戦力の増強。同時に彼ら四番隊の面々による救護体制の重層化が求められているのだと、ある程度以上状況を俯瞰する視点を持っていれば、誰もが理解できている。
「刀獣の被害が、予想以上に広まっているのだろう?」
「何だ、もう話が来てんのか?」
「治療待ちの患者がいると聞いている」
言いながら日番谷に向いているのとは反対側の腕を持ち上げた知盛は、寝台脇の小机から何やら紙の束を取り上げた。
あまりにも自然な動作でひょいと手渡されたため、ついつられるように見やってから、日番谷は眉を逆立てて慌てて視線を跳ね上げた。
「おい」
そのままずいと突き返し、おかしげに喉を鳴らす知盛に、低くその行動を咎める声をかける。だが、知盛にはまるで堪えた様子がない。
「隊長格ともあらば、閲覧自由な資料ではないのか?」
「自分の隊の分はな。他隊の分は、必要があれば正式にその隊の隊長に依頼して、最低限の情報をもらう程度だ」
目に飛び込んできただけでもすぐに察せる。あれは、斬魄刀の能力と所有者の一覧だ。管理や任務の振り分けに必要な側面があるため、隊ごとに慣例的に情報を取りまとめてはいるが、滅多なことでは紐解かないという暗黙の了解もある。
斬魄刀は、魂から生まれる死神の真髄とも呼べる一面。悪用したり揶揄するつもりなどなくとも、いたずらに暴かれ、曝されることへの抵抗が少なくないのは当然の心理であろう。
「どうしてそんな資料を?」
「異能ゆえの、特例ということだ」
突き返された資料をぞんざいな調子で受け取り、ばさりと振って知盛は唇に酷薄な笑みを刷く。
「すべてが真実の情報とは限らんだろうがな。今回の騒ぎの中で引き受けた毒の類について、因果を結べと命じられた」
「だったら、まだ主の元に戻ってない斬魄刀に限ればいいじゃねぇか」
「本当に、そう思っているのか?」
低く問う声は獰猛で、すべてを等しく嗤っているよう。反射的に口をついていた言葉を思わず吟味しながら、日番谷は己の背後で確かに身を強張らせた気配を感じている。
Fin.