とこしえにも似たるもの
理屈はまあ、理解できなくもない。隊主羽織の齎す威力が当人の思惑やら自覚以上である場面など、それこそまま存在する。そのことを、日番谷は知っている。しかし、羽織を脱ぐ場所として選んでいた場所にもなお色濃い影響が及んでおり、それによって助かったのだと言われても複雑な心境であるというのも、本音なのだ。
「わたしの自己満足ですから。御迷惑でないなら、どうぞ許容してくださいませ」
「迷惑なんてことはねぇよ。むしろ、頼めるんならありがたい」
「では、お互い様ということにいたしましょう」
なんだかはぐらかされたような気もしたが、確かにお互い様である。日番谷は助かるし、サヤはそうしたいと言うし。
「代金は払う。あと、晴れてる日だけ、頼む」
提案を素直に受け取ることにして、けれど日番谷は条件を課すことを忘れなかった。
「言っても聞いていただけないのでしょうから、お代の件はありがたく甘えさせていただきますけれど。お天気の件は?」
「昼日中は刀獣も出ねぇが、夕方から出没頻度が高くなるからな。アンタは霊力もほとんどないから狙われることはないだろうけど、明るくない日は一人でうろつかない方がいい」
日中は勤務中の死神も多いため、万一何かあってもすぐさま駆けつけられるだろうが、不安な可能性を排しておくにこしたことはない。
「これは譲れねぇぞ」
別に、刀獣は瀞霊廷内のどこか特定の場所に出没するわけではない。隊舎に近づくほど危険性が高まるということはないし、近づかなければ大丈夫ということもない。ただ、主を探しているものもそうでないものも、霊圧を頼りに行動しているらしいことは察せている。
よって、気軽に出歩くなとは言わないが、自分のせいで危険な目に遭われたのでは、夢見も寝覚めも悪すぎる。心配性なことだと雄弁に語る夜闇色の瞳は、そしてすぐさまくすぐったげに細められた。
「お心遣いに、深く感謝を」
そのままするりと実に美しい所作でサヤが腰を折り、二人の不器用な約束は、何とか無事の決着を見ることとなった。
とはいえ、日番谷が課した二つの条件のうち、守られたのは代金を払うというもののみであった。まるで彼女の気遣いをからかうように、約束を交わした翌日はあいにくの雨天。だというのに、しっとりとけぶる霧雨に着物の裾を濡らしながら、サヤは店にいる際とまるで変わらぬ風情で十番隊隊舎を訪ねてきたのだ。
「……俺は、晴れた日だけ頼むって、そう言ったな?」
「ええ。ですから、本日の分のお代は結構ですよ」
十番隊にも貴族の出である隊員は所属しているが、サヤはそこまでの有名人というわけでもない。結果、どこの誰とも知れない女が隊主を訪ねてきたという情報が日番谷の許に正式な知らせが届くよりも早く隊舎中を駆け巡ってしまっており、そんな中で約束と違うと言って問答無用に追い返せば、さらに面倒な事態になることは明白。どうにもならなくなって不機嫌を隠すこともできずに招き入れたというのに、当人は至って平然とした様子で笑ってみせる。
「了承したじゃねぇかよ」
「お心遣いに感謝をしますと、そう申し上げただけです」
「屁理屈をこねるな」
「ですが、事実でございましょう?」
客人をもてなすためにと、茶を入れたまま日番谷の背後に立っている松本から、隠しようのない笑いを堪える気配が漂ってくる。
「別に、お気遣いを無碍にしたわけではありませんよ」
その様子が見えているのかいないのか。日番谷が決定的にへそを曲げる寸前を見計らってすかさず手を打ってくるのだから、サヤは本質的な部分で厄介な性格をしているというのが、告げたことのない感慨である。
けろりとした様子で明かされたのは、実に単純かつ道理に適った事情であった。すなわち、もともと綜合救護詰所に用向きがあり、近くまで来るからにはとついでに経由したのだそうだ。
「誰か、知り合いでも入院してんのか?」
思いがけない場所の名前を出されてうっかり毒気を抜かれた日番谷が思わずそう問いかければ、それこそ困ったようにサヤは小首をかしげる。
「先日、夜道で獣のようなものに襲われました」
端的に告げられた言葉に、日番谷は思わず視線を背中に流して乱菊と目を見合わせてしまう。
「幸い、傷はさほど深くもなかったのですが、ちっとも治らなくて。それで、町医者の手には負いかねると紹介状をいただき、本日お邪魔してきたのです」
「見立ては?」
「単なる傷ではなく、毒の類も浴びたのだろう、と」
言いながら左の指が右肘を覆う。恐らく、そこが問題の傷口なのだろう。
「解毒剤はあったのか?」
「いいえ。前例がないとのことでした」
「てことは、の管轄か」
「殿、ですか?」
不思議そうに問い返された日番谷はそれこそ疑問をいっぱいに浮かべて、俯けていた視線を持ち上げる。
Fin.