とこしえにも似たるもの
「斑目と綾瀬川は周辺を掃討しろ! 松本と朽木は援護だ。ヤツの糸を切ることに集中しろ!!」
指示を飛ばし、そのまま日番谷は一護の方へと距離を詰める。
「阿散井はをつれて退け!」
「冬獅郎、俺は!?」
「群れの中だと狙いがつけられねぇ。挟みこんで群れから出して、動きを止める」
とにかく対象を絞り込まないことには、鬼道で動きを止めることもままならない。端的な指示と明快な目的に、そのまま目の前を通り過ぎた日番谷と反対方向に一護も足を踏み出す。
『良いのぉ、良いのぉ。うまし夢よ。すぐにお前たちにも恵んでやるぞ?』
左右から回り込みながら追い詰めれば、対象が逃げる先は上か下か。空中とはいえ、上下には展開せずほぼ水平に広がる虚の群れから追い出せればと思っての作戦は、有効であったものの思わぬ方向へと転がっていく。
ざわり、と。響いたのは潮騒だった。しじまを乱すことのない、それは不思議に穏やかな音。はたと瞬いた瞬間、一護が見たのは上空へと飛び上がる巨大虚であり、背後から自分たちを包みながら広がっていくありえない幻想。
夜空に立っていたはずなのに、自分が海中にいることを一護ははっきりとわかっていた。光が乱反射する真っ青な空間の向こうに浮かぶ黒々としたいくつもの影が、船影と、そして敵とも味方とも知れぬ相手の躯であることを、知っている。
日番谷のことも、一角たちのことも視界では捉えている。標的である巨大虚も見えるし、邪魔で仕方のなかった群れも見える。現実と虚構が入り混じっているのだと、冷静に判じる理性があるのに、どこにどう動けばいいのかがわからない。
いや、わかってはいるのだが、動けないのだ。なぜなら一護は、自分が『もはや動けないほどに傷を負い、そしてこのまま尽きる』ことを、自覚しているのだから。
遠いような近いような向こう側で、声が聞こえる。これは、あの巨大虚の声だ。
――好いのぉ、好いのぉ。お前、満足して死んだのだな? 恐怖に駆られた魂もうまいが、お前のような魂は、初めて喰うぞ。
哄笑がくぐもって聞こえるのは、ここを水中と認識しているからだろう。違う、これは幻想だと、そう必死に自分に言い聞かせてようやく自由を取り戻した手足は、まるで着衣水泳をしているかのような鈍さでしか動かない。
――なになに、我は慈悲深いからな。このような偶然、滅多とあるまい。ほぉれ、探していた娘は、ここぞ?
上空へと向けた視線の先で、巨大虚の腹が裂け、そしてその中に糸に絡め取られてぐったりとうなだれている娘の姿が見えた。あそこに捕らわれていたのかと、わかってもうまく動けない。
――良かったのぉ。この娘も、ずっと探しておったのだぞ? なになに、我は慈悲深いからな。
嘲りに満ちた声がそう嗤い、人質であり罠でもあった魂魄が引きずり出されて宙吊りにされる。
――共に、喰らってやろうよな。
にいぃっ、と。仮面からのぞく口元が実に愉しげな笑みを刻むのと、そして斬撃が走るのは同時。白銀色の光が、真っ青な空間を真っ直ぐに切り裂く。
未練もなく、感慨もなく、ただ冷徹に。
幻影が砕け散るのを彩る鈴のような澄んだ音と、巨大虚のあげるおぞましい咆哮が重なり響く。吊り上げられていた娘がふらりと落下してくるのを、そして掬い上げたのは後衛に下がっていたはずの知盛の腕。
「なるほど、確かに慈悲深い」
やる気のなさそうな、どこか気だるげな声による呟きは、響く咆哮の中でも遮られずに一護の耳に届く。
『おのれ、おのれ、何をしたッ!?』
「まさか、ここにきて手放していただけるとは……。あまりの慈悲深さに、袖が涙で乾かぬよ」
八本あったはずの手足が、六本になっている。憤怒と憎悪に染まる叫びを上げながら、間合いを取り、改めて攻撃を仕掛けようと姿勢を整える巨大虚に、知盛は見向きもしない。
Fin.