朔夜のうさぎは夢を見る

とこしえにも似たるもの

 中央で暴れまわる一角と弓親の働きは、さすがは戦闘部隊の上位席官だけあって群を抜いている。こぼれた虚を捌きながら、一護は視界の隅に並んで斬魄刀を振るう大小の銀髪を見る。
 常時開放型の一護はともかく、ルキアたちが始解状態で戦うのに対し、日番谷と知盛は純粋に剣技のみで虚を切り伏せて歩く。無駄のない動きは流れるようで、やはり彼はただの四番隊隊士ではないとしみじみ実感する。
「日番谷隊長はさすがだが、あのとかいう男。侮れないな」
 標的を昇華した勢いでそのまま後方に飛びのいてきたルキアもまた、視界の隅で周囲の戦闘状況を捉えていたのだろう。しみじみと呟かれ、一護は声もなく頷く。
「大分片付いてはきたが」
「わかってる。なんか、妙な感じだ」
 虚は確実に減っているのに、わだかまる気配の重さはちっとも改善されない。むしろ、根拠のない違和感が背筋をぞわぞわと這い上がるのを感じる。


 来るか。来るとすれば、どこから。一護の意識は、ほとんどがこのわけのわからない違和感の主へと向けられている。
 遠くない。むしろ近い。そして、相手は明らかに嗤っている。
 やがて、天の頂から硬質な音が響き、幾本もの触手とおぼしきものが矢のように降り注いでくる。
「来たかッ!?」
「下がれ、触れれば読まれる!!」
 反射的に迫り来る対象を斬魄刀で切り落とした一護は、緊張感のいや増すルキアの声の向こうに、冷静ながらも切迫した日番谷の指示を聞く。それが届いたのだろう。強大な力を持つ同胞を賛美するかのように天を仰いで咆哮する虚の群れから死神たちは一斉に間合いを取り、同じく天を振り仰ぐ。
 夜闇の向こうから月明かりを侵すようにして身を乗り出してくるのは、醜悪な仮面でにったりと嗤う巨大虚。
「チッ、大虚の一歩手前か」
 性質の悪ぃ。そう日番谷が呻くのは、ただ単に相手を倒せばいいだけではないからだろう。彼ら死神の使命は、魂魄数の均衡を保つこと。その死神の中でも頂点に位置する護廷十三隊の上位席官が率先して一般の魂魄を犠牲にすることなど、とてもではないが許されるはずのない最悪の状況なのだ。


 集う巨大虚たちが町に散らないよう警戒しながら次々に襲いくる触手を避け、断ち、一護はなんとか捕らわれているという魂魄の位置を特定できないかと必死に目を凝らす。その相手さえ助け出せれば、あの程度の虚など、隊長格の揃う彼らの手に余ることはないのだ。
 完全に虚圏から姿を現した巨大虚の姿は、喩えるならば巨大な蜘蛛のそれだった。触手と思われていたものは、使い捨てられているあたりからしてどうやら糸らしい。厄介なことに八本の手足から自在に糸を繰り出してくるその巨大虚は、しかし、何を思ったか唐突に哄笑を張り上げる。
『ひぃ、ふぅ、みぃ……うまし、うまし魂じゃな死神ども』
 ざわざわと大気を震わせて宙を這いながら、そして嗤う仮面が見据える先にいるのはいつの間に日番谷の傍らから離れたのか、斬魄刀を片手に、構えさえ取らずに立ち尽くすこの中では最も戦闘力の低いだろう死神。その左足首に絡み付いている糸の残渣に、一護は知盛が巨大虚の罠にはまったことを悟る。
「目ぇ覚ませッ! おい、知盛ッ!!」
 いまだ群れを一掃できていない以上、下手に持ち場は動けない。だが、だからと言って放ってもおけない。慌てて声を張り上げるものの、知盛は声もなくうなだれたまま、ぴくりとも反応を示さない。


 捕らえてしまえばあとはいつでも喰らえる、とでも考えているのだろう。残る死神たちに向けて次々に糸を飛ばし、巨体の割りに素早くちょこまかと群れに紛れて動き回りながら、哄笑は続く。
『眠れ眠れ、眠ってしまえ。我は慈悲深いぞ? あまやかな夢のうちに、永久に包んでやろうよな?』
「黙れッ!!」
「黒崎、突出するな!」
 せめて手足の一本ぐらいは切り落としてやろうと飛び出しかけた一護は、日番谷の叱責を受けるまでもなく、群れている見当違いの虚に傷を負わせるだけで退却を余儀なくされる。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。