朔夜のうさぎは夢を見る

とこしえにも似たるもの

 ルキアと簡単に相談をしても、打つ手は思い当たらない。結局、居ても立ってもいられずに夜を待ってつい巡回に出た一護たちが向かったのは、恐らく現世駐在メンバーの中では最も情報を多く握っているだろう日番谷の許である。
 織姫宅に居候中であることは知っていたが、日番谷はなぜかその織姫の部屋のあるアパートの屋上に出て、伝令神機をいじっているようだった。わざわざ義骸に入ったままで、だ。
「風邪ひくぞ」
 とりあえず、当たり障りのない話題を探してそう声をかけてみれば、どうせ気配で気づいていたのだろう。日番谷はおもむろに、周囲をさっと見回してから地面へと飛び降りてきた。
「ちょうどよかった。これからそっちに行こうかと思っていたところだ」
 虚の件で警戒を呼びかけられてはいたものの、これは自分たちの仕事だからと、余計な手出しは無用とも言い渡されていた身である一護としては、叱責や嫌味を覚悟の上での訪問だったのだが、思いがけず日番谷の態度はやわらかかった。短い付き合いではあるが、そのきっぱりはっきりした性格は捉えるのにそう苦労もいらない。思わぬ肩透かしに目をしばたかせながら、けれど賢明にも口は噤んだまま、一護は日番谷の眼前へと足を進める。


「例の虚の情報が来た」
 端的に告げられた内容こそは、まさに核心を衝いたもの。思わず横目で隣のルキアを確認するものの、彼女もまた驚愕に目を見開いているということは、やはり人選に狂いはなかったのだろう。さすがは隊長、と、胸中で皮肉とも賞賛ともつかない感想を抱き、一護は「それで?」と先を促す。
「触れた対象の記憶を読み、幻影を見せてその隙に攻撃をしかけてくる能力を持っているらしい。しかも、いつどこで捕らえたのか知らねぇが、一般の魂魄を抱え込んでいるって話だ」
「一般の……人質か?」
「あとは、罠だな。そもそも、コイツの討伐に小規模とはいえ部隊を派遣していたのは、その魂魄の救出が目的だったんだが」
「まんまとしてやられたってわけか」
 苦々しい声を隠しもせず呻けば、日番谷もまた不愉快そうに鼻を鳴らす。
「とにかく、まずは居所の確定が先決だ。相手はたらふく死神を喰っている。力も相当蓄えているだろうが、逆に言えば、狙いをどこに絞るかも読みやすい」
 つまり、空虚町に集う死神の中でも、手出しをしやすそうなところから順に。
「ルキアか知盛ってことか?」
「順当にいけばな。駐在のヤツはもう向こうに戻した。しばらく、単独行動は控えろ。あいつにもその旨を伝えて――」
 端的な指示と状況説明は、終結を待たずに緊張感に取って代わられた。その意味を具体的に知ることができない一護にも、隣に立っていたルキアの襟元から響くけたたましい警告音に、状況を察することはできる。


 弾かれたように疾駆しはじめた日番谷を追いながら、返答はより確実に期待できる方へ。
「言ってたヤツか?」
「わからぬ。だが、大きい」
「なんかますます鳴ってねぇか?」
「あてられたか引かれたか、どさくさに紛れたか。とにかく、群れだ!」
 走りながらも警告音は一向にやむ様子がなく、そして行く手には陰湿な気配の渦。ここまで近くなれば、一護にも察することができる。群れは群れでも、ただの群れではない。
「巨大虚の群れか……ッ!」
 忌々しげに呻きながら、日番谷はポケットから探り出した義魂丸を飲み込み、眼前で繰り広げられている戦闘に踏み込む。
「気は抜くなよ。いつ釣られて出てくるかわからねぇ」
 じりじりと相手の動きを警戒している乱菊と恋次、いつの間にやってきたのか、喜々として鞘を払う一角と弓親に声をかけ、日番谷はざっと周囲を見回して指示を飛ばす。


「斑目と綾瀬川は中央を叩け。松本と阿散井、黒崎と朽木は中央からこぼれたのを拾え」
 遅れずそれぞれの義魂丸を飲み込んで死神化した一護とルキアを含め、居並ぶ死神たちは一斉に歯切れよく了承の返答を放つ。
「あんたは俺と遊撃だ。松本たちの拾いそこねを叩く。霊力は温存しておいてくれ」
「……温存が無駄骨となるよう、努めていただきたくもあるのだが」
 それぞれが臨戦態勢を整える背中から、そしてゆるりと響くのは緊張感の欠片もない、常と変わらぬどこか気だるげな声。
!」
「わかっている……。ただ、傷に過負荷をかけると判ずれば、前に出る。考慮して動かれよ」
「善処する」
「どうだか、な」
 そのまま、ろくに気配を感じさせることもなく一護たちを追い越し、日番谷の隣に立った背中は、あまりにも自然。
「来るぞッ!」
 だが、その背中の自然さに覚えた不自然さを深く考えている時間はない。こちらの存在に気づいたのか、いっせいに押し寄せてくる虚の群れに、意識は自然と集中する。

Fin.

back --- next

back to another world index
http://crescent.mugetsunoyo.yomibitoshirazu.com/
いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。