とこしえにも似たるもの
「黒崎殿、このまま場所をお借りしても?」
「敬語なんかいらないよ。僕らも気にしないし、普通に呼んであげたら?」
「そうだな。少なくとも、アンタの身のこなしを理解できるようにはなったみてぇだし」
それは紛れもなく捻りもない嫌味だったが、一護には言い返すだけのものがない。弓親も一角も、彼の何気ない所作に紛れ込まされた隙のなさを知った上で、その実力を評価していたのだ。気を張っていないことに騙され、相手の身のこなしにまるで気づいていなかったことを自覚していればこそ、一護は何も言えない。
さっさと引き上げた残る面々を尻目に、沈黙を了承と取ったのか、知盛は早速とばかりに一角と弓親に向き直ってさっと視線を走らせている。
「綾瀬川五席におかれては、特に負傷の報告も受けておりませぬゆえ、問診のみでも結構ですが」
「ああ、じゃあそうしてもらえるかい? お互い、面倒は少ない方がいい」
「では、斑目三席を診させていただく間、こちらにご記入を」
「義骸のままでもいいのか?」
「とりあえずは。手首をとらせていただけますか」
ちゃっちゃと包みから二、三枚の紙を取り出して弓親に渡してから、知盛は一角に向き直ってかつて一護にしたように手首を軽く握って視線を伏せている。
「……ほぼ治っておいでですね。これも、あの娘の術によるものと?」
「まあ、あれが一番便利だからな。何か問題でもあるか?」
以前、織姫に対して見せていた時とは違い、今回は何も目に映るものはない。
男の手を握る男、という画に少々複雑な感情が胸をよぎったが、気を取り直して会話を聞いていればやはり知盛は慇懃無礼にも容赦のない言葉を紡いでいく。
「あまり、頼りすぎない方がよろしいかと。何かと切迫した状況であることは確かであれ、慣れてしまえば自己回復力が翳りましょう」
「翳ってるって言ってんのか?」
「翳りかけておいでであることは事実と、申し上げましょう」
戦闘に特化した部隊の三席ともあって、一角の気配はいつだって鋭く重い。それがいっそう研ぎ澄まされて突きつけられているのを霊圧の感知能力が皆無であることを自覚している一護でさえ感じ取っているのに、知盛は動じた様子もない。
「強制的に傷を癒しても、爆発的に消耗した霊力の流れまで戻りはしますまい……。万全の状態で愉しまれたいなら、なおのこと、回復に落差をつけることは避けられますよう」
言ってようやく手首を解放しながら、持ち上げられた瞳はひそやかに笑んでいる。何をどうやってかは、わからない。ただ、彼が『察した』ということだけは存分に理解が及ぶ。
「余計なことは、口にしない方が身のためだぜ?」
途端に凄みを増した一角の気配に、隣から弓親も畳み掛ける。そして、それらの只中で涼しい顔をしている知盛はただ静かにいらえる。
「なれば、しばらくは義骸を脱がずに回復に専念なされませ。退屈は察しますが、雑魚ごときに細々と消耗するのは、無駄というもの」
要約すれば、しばらく安静にしているのなら黙っているけど、どうするか、ということだ。
苦々しげに舌打ちをし、それでも一角とて医療の専門家に下手に楯突く気はないらしい。すなわち、知盛の指摘には思い当たる節があったのだろう。溜め息をつき、頭を掻きながら了承を告げている。
「はっ、食わせ者だとは思っていたが、思った以上にとんでもねぇ食わせ者だな、アンタ」
「お褒めのお言葉、ありがたく拝聴いたしましょう」
そして、嫌味にもめげずにいつの間にやら記入が終わっていたらしい弓親から問診表とおぼしき書類を受け取り、ざっと見流して小さく顎を引く。
「これならば、特に検診の必要はありますまい。経過確認の後、最終日に血液採取にのみご協力いただければ」
「最終日っていうけど、どのぐらいこっちにいるの?」
「重傷度が高かった日番谷隊長と朽木嬢の様子次第ですが、十日ほどを予定しております」
「じゃあ、その間に何かあったら、治療とかしてくれるんだ?」
「それが、四番隊の役回りかと」
言葉遣いはやはり変わらず丁寧なのだが、口を動かしながら手を動かしているあたり、瀞霊廷にて乱菊の言っていたとおり、知盛は席次に準じた敬意という概念に薄い性質なのだろう。比較対象として適切なのかどうかはわからないが、席次を持っていないルキアの彼らに対する態度とあまりにも対照的で、一護としてはうっかり興味深く観察をしてしまう。
「何かあれば、お呼びください。伝令神機も携帯しておりますので」
「うん。そうさせてもらうよ。それと、さっきも言ったけど、そのまるで心の篭もっていない敬語、要らないよ?」
つまらなそうに溜め息をつき、下位席官から上位席官への最低限の礼儀を本当に、必要最低限に取り繕っていますと雄弁に語る知盛に向かって、弓親は再度言葉を向ける。
「向こうでならともかく、君、人目さえなければ日番谷隊長にも敬語を使わないんでしょう? だったら、その下にあたる僕らにも、同じで構わないってば」
笑みを刻む弓親の口元はあくまで優雅に円弧を描いているが、声は冷め切っており、瞳の奥は硬い光を弾いている。それを底の見えない視線でじっと見返し、そして知盛はいっそ嫣然と微笑んだ。
「では、お言葉に甘えて、いささか砕かせていただこう……。不快に思われるようなら、ご指摘いただければすぐにも戻すゆえ、いつなりと申し付けて下されるよう」
「もちろん、我慢なんかしないよ。けれど、うん。やっぱりね」
どこか慇懃さは残しながらも随分と雰囲気の変じた言葉遣いに、今度は満足げに笑って弓親は頷いた。
「君に敬語は似合わない。そうやっている方が、よっぽど美しいよ」
どうやら、慇懃無礼な態度が引っかかっていたというよりも、独自の美意識に引っ掛かりを覚えて態度を直させたらしい。だが、言われたとおり、どんな言葉にも皮肉と嫌味を疑いたくなった先ほどまでの口上よりも、こちらのどこか不躾なようでいてそうでない言葉遣いのほうがよほどしっくりくる。今回ばかりは弓親の言い分こそがもっともだと、傍で聞きながら一護は無意識のうちに首を縦に振っていた。
Fin.