とこしえにも似たるもの
結局、次々に移ろう周囲の好奇心ゆえに与えられた忠言を中途半端なところで放置せざるをえなかった一護は、とりあえず一日に体を動かす量を減らせという、比較的実践しやすい忠言を守ることで自分に妥協することにした。
基礎を叩き込んでもらえ、と言われても、その叩き込んでくれた相手は現世にいる。最低限に仕込んでもらったあとは、我ながら危険な綱渡りだったとしみじみ思う実戦を主軸にここまで鍛えたのだから、我流が強く出てしまっているのは仕方がないことだろう。
そんなこんなでやはり一角たち十一番隊の面々と馬鹿騒ぎをしつつ過ごす残りの日々の中で、ついに再び彼と会うことのないまま一護は現世帰還の当日を迎え、日常と呼ぶにはあまりにも波乱万丈な日常が戻ってきた。
不穏さというものは、一度その気配に気づいてしまうともう二度と見過ごすことができないものらしい。何が始まりだったのかを、今さらぐだぐだと考えることはもうやめた。蹴られ、殴られ、引きずり倒され、そうして突きつけられてしまえば、己の心の向かうところは存外はっきり見えてくる。
つまり一護は、目の前で泣く存在を放っておけないのだ。
その原因が虚だというから、死神としての能力を身につけた。その原因がソウルソサエティの掟だというから、失われた能力を開花させて飛び込んだ。そして、今度は誰かが泣くだけでは済まされそうもないとんでもないことが起ころうとしていると知った。ならば、それが起こらないように、誰も泣かなくてすむように、なしうるすべてをなしとげる。
遠く隔たったはずの新しくも懐かしき仲間たちに諭されてそう思い至ったが、だからといって自分たちから打って出るにはあまりに何もかもが不足している。それを知らしめられた襲撃を乗り切り、いつとは知れぬ次の機会を睨んでそれぞれが高みへと視線を向けはじめた中で、それはやはり不可思議な日常の姿を纏って訪れた。
呆けたように口を開けて凝視してしまった自分に向けられているのが実に冷ややかで、かつ雄弁に「お前は馬鹿か」と語る視線であることは認識できていたが、それで表情を取り繕えるならば苦労はいらない。例によって例のごとく、何の予告もなく場所を提供しろと要求され、何事かと思った黒崎医院の二階にある一護の自室を訪れたのは、思いがけない相手だったのだ。
「……現世駐在哨戒任務、お疲れ様です」
「前口上はいい。話は聞いている」
ぽっかりと開いた口をどこまでも冷ややかに一瞥しただけで、けれど相手は一護の存在などまるで視界にも入らない様子で淡々と言葉を紡ぐ。障子を思わせる戸を潜り、地獄蝶を連れた見覚えのある死神は、ごくゆったりとした所作で床に膝をついて礼をとるが、日番谷は早々にそれを遮って本題を要求する。
「状態確認の検診と、血液採取だったな?」
「および、経過観察を、と。血液採取は後日に改めてお願いしたく思います。個別の検診についても、後より。……人目があっては、やりにくいこともありましょう」
「あたしは構わないけど?」
「お前はもう少し、慎みというものを持て」
日番谷の要求を受けて口を開いたのは、結局いろいろなことがあやふやなまま別れ、二度と会うこともないのだろうと思っていた相手。ちらとその深紫の視線が向けられた先にいたルキアははっとした様子で頬を染めたが、一方の乱菊はけろりとした調子で嘯いて日番谷に深々と溜め息を吐かれている。
魅惑の肢体の持ち主は、検査のために諸肌を脱げという指示があるなら、たとえ衆人環視の中でも堂々とやってのけるのだろう。それはそれで素晴らしい度胸というか胆力というか覚悟というかなのだが、青少年にとって、精神衛生上あまりよろしいことではない。
ようやく目配せの意味に追いついた一護は、血の上った頬を隠すように、慌てて別の話題を探す。そう、例えばちょうど目の前に転がり込んできた、うってつけの相手のことなど。
「アンタ、確か四番隊の」
「知盛と申します。……黒崎一護・死神代行殿」
改めて見返してみれば、感情の読めない淡々とした声が、なんのてらいもなく名を返してくる。治療具の類が入っているのだろう包みを片手に、そして腰には斬魄刀を帯びている。ただそれだけの、膝を折っている相手にけれど、一護は悟る。どこか気の抜けたような気配さえ漂っているのに、知盛には隙がまるでないのだ。
「ねえ、日番谷隊長。だったら僕たちに先を譲ってもらえません? さすがに、事情を何も知らない居候先で変な真似はできないし」
「それはそうだな。……俺たちは引き上げるから、先にそっちの二人を診てくれ。居場所はわかるな?」
「霊圧を完全に断たないでいただければ、捕捉可能です」
「傷の度合いは報告で上げたとおりだ。任せるから、やりやすいようにやってくれればいい」
「承知いたしました」
瀞霊廷でまみえた折には気づかなかったことを肌で感じ、知らず背筋に走った緊張など知ったことではないのだろう。思い立ったように弓親が提案すれば、もっともだと頷いた日番谷と知盛はあっという間にその後の段取りを決めてしまっている。
Fin.