朔夜のうさぎは夢を見る

とこしえにも似たるもの

 そうして静かな酒の席がもたれている一方、乱菊は喧騒に満ちた飲み屋の二階で、八番隊隊長と十三番隊隊長を交えた無礼講の席をもっていた。
「ああ、卯ノ花のところの。知っているよ」
 世間話からじりじりと本題に迫り、なにげない調子で乱菊が口にした名に、まず頷いたのは浮竹だった。
「毒治療専門の彼だろう? うちの隊員も何人も救われている。彼には辛い仕事だろうが、本当に助かっているよ」
「図書館仲間なんだよね? 七緒ちゃん」
「最近は行っていないのでわかりませんけれど、休みの日はたまに見かけますね」
 浮竹に次いで話を繋いだ京楽が己の副隊長にさらに話を振れば、同時に肩に伸ばされていた腕を容赦なく叩き落しながら、七緒がこくりと頷く。
「図書館? なぁに、アンタの同類?」
「違うと思いますよ。図書館は図書館でも、登録者名簿を片っ端から調べているみたいですから」
 そっと、悼むような声音で七緒は乱菊の問いに答える。
「一体いつから調べているかは知りませんけど、最近はずっと、流魂街の登録者名簿を見ているようでした。……恐らく、探している相手がいるのではないかと」
「健気だよねー。僕、たまたま七緒ちゃんからこの話聞いて、うっかり気になっちゃってさ。虚の毒にやられた後の検査で彼に診てもらった時、話しかけたんだよ」
 へらりと笑ってグラスの中の酒を舐め、好奇心を向ける乱菊と非難の視線を向ける七緒にそれぞれ笑いかけてから、京楽は続ける。
「恋人でも探してるの、って聞いたんだ。そしたらさ、すっごい優しく笑って、言われたよ。魂の片割れを探しているんだ、って」


「それは、薮蛇だったな」
「そうだね。あんまりにも綺麗に笑うから、うっかりそっちの趣味に目覚めるかと思ったぐらいだし」
 それこそ優しく笑いあって軽口をたたきあう隊長達を見やりながら、乱菊と七緒は顔を見合わせて目をしばたかせる。
「ま、乱菊ちゃんが聞きたいのは、もっと別のことだろうけどね。大丈夫、彼はいい子だよ。冬獅郎くんに害はないから、放っといてあげなよ」
「あら、バレてました?」
 そして、そのままの調子でにっこりと笑いかけられ、乱菊は面食らいながらも飄々と笑い返してみせる。
「まあ、そろそろ見逃してあげるのも限界だったし、この状況だしね。いい加減諦めてもらうつもりではいたんだけど、僕らから頭ごなしに言ったんだと、またわだかまりが残るだろう?」
「見逃す、というと、彼は何か?」
「あ、いやいや。悪い意味じゃないよ。能ある鷹は何とやら、のいい例って話」
 やんわりとほのめかされた真意に七緒がすっと眼光の鋭さを増させれば、困ったようにはにかんで京楽が手を軽く振る。
「卯ノ花も言っていたよ。席官として縛るのが限界だって。だから、日番谷が動いてくれるならこちらとしては静観したい」
「ああ、わかる。僕もちょーっと鎌かけてみたんだけどね。あっさりかわされちゃったし」
「汚い言い方だというのはわかっているが、彼の能力を手放すわけにはいかないんだ」
 ぽんぽんと与えられる断片的な情報に、乱菊は酒精の回った頭でぼんやりと考える。確かに汚くはあるが、特異な力を組織が手放したがらないのは常道で、どうやら頭が良いらしい標的を妥協させられるラインが意外にシビアということは理解できる。だが、それ以上の問題がある。
「てことは、なんですか? あの性格悪そうなのとウチの隊長、仲良いんですか!?」
「あれ? 知らなかったの? 彼、冬獅郎くんの稽古仲間だよ」
「うっそー!?」
 だんっ、と机に両手をついて身を乗り出した乱菊は、悲嘆に染まった表情でよよと泣き崩れる。知られざる一面を知る喜びさえ、知った衝撃を凌駕することができなかったのだ。


 元々感情表現の豊かな乱菊ではあるが、そこに酒が入ればもう止まらない。知らなかった、隊長の馬鹿、と、散々に嘆くのを、元凶の京楽は愉しげににやにやと見守り、代わって七緒と浮竹が必死に宥めにかかる。だというのに、京楽は口を噤まない。
「あの二人、学院の頃からの付き合いなんでしょ? 冬獅郎くんが飛び級してあっという間に入隊しちゃったから、知ってる人は多くないみたいだけど」
「でも、こっちは隊長ですよ? 全ッ然敵うわけないのに」
「いやいや、ところがそうでもないらしくてね」
 と、そこで言葉を切って京楽が見やったのは、テンションのアップダウンについていききれずに中途半端に手をうろつかせている浮竹である。
「僕は見たことないんだけど、浮竹は知っているんじゃないの?」
「そうなんですか?」
「え? あ、いや、まあ。一度、見学をさせてもらったことはあるが……」
「本当ですか!?」
 詳しく語れと。視線と気迫のみで雄弁に語る乱菊に圧されながら、浮竹はゆっくりと口を動かす。
「純粋な剣術の稽古だ。日番谷は体格の割りに斬魄刀が長大だから、そのあたりを踏まえての剣術を指南してもらっていたみたいだな」
「……日番谷隊長に指南できるほどの腕なんですか?」
「ああ。そもそも、斬魄刀を解放しなければ、あとは純粋に剣の腕だろう? 学院では身の丈にあった刀身での剣術しか教えないし、能力を解放してしまえば本当に圧倒的だから、特に誰も気に留めていなかったんだがな。どうやら日番谷は気にしていたらしくて、腕を見知っていた彼に頼んだらしい」
 驚愕を隠しきれていない七緒に淡く微笑み、浮竹は続ける。
「事実、素晴らしい腕だと思う。彼が席次を上げてくれるなら、斬魄刀の能力次第では引き抜きも考えたいんだが」
「浮竹が言うくらいだから、僕も目をつけてるんだけど。とにかく本人が嫌がりそうだよねぇ。なにせ、これまでひた隠しにしてくれてたぐらいだし」
 困ったもんだ、と。ちっとも困っていないやわらかな口調で吐き出す二人の隊長に、二人の副隊長は目を見合わせるばかりである。

Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。