終わって始まる
合戦の最中にあってはもちろんとても忙しそうだった九郎は、和議が成ってからもずっと忙しいようであった。少なくとも、梶原邸に身を寄せて平穏な日々を送る望美にしてみれば、和議からのこの一年で、ろくに遭遇することのない対象という認識に至るほどには忙しい身分である。
朝廷において何かしらの身分と役職を与えられてそれだけでも忙しいというのに、彼は鎌倉に本拠を置く源氏勢の名代である。時に鎌倉まで状況報告やらご機嫌伺いやらに出向くという用向きを加えてしまえば、邸からほぼ出ない望美との遭遇率が下がるのは必然。それでも望美が九郎の動向を比較的細かく知っているのは、邸の主の気遣いによるところが大きい。
「じゃあ、悩んでいた件はちゃんと解決したんですね」
「西国に比べて、東国はまだ開墾が進んでいないからね。租税をただ同じように納めるのでは分が悪いっていうのは、頼朝様もずっと気にしていたから」
つい先日、和議の成立から約一年を記念して身内で催した観桜の宴の折、連絡がまったくないと詰ったことをどうやら律儀に覚えていたらしく、今日の景時の情報源は、手元に握られた簡素な文である。いったん鎌倉に出向けばそれなりに長居することになるからと、先んじていろいろと状況報告の書状は元から送っていた。そこに、望美への挨拶が一言添えられていたそうなのだ。
とはいえ、本当にそっけなく「元気にしているか」「あまり朔殿に迷惑をかけないように」という説教にも似た言葉しかないのだが、これまでがなしのつぶてだったのだから、快挙。そんな評を下しつつ、主な話題は鎌倉に出向く前までずっと九郎の頭を悩ませていた各所領の税の割り振りについてであるあたり、お互い様ではないかというのが黙して語らぬ朔の感想である。
「あ、それとね。望美ちゃんと朔に、お願いしたいことがあるんだよ」
「お願いしたいこと?」
「なんですか、景時さん」
なんだかんだと気軽に見せつつ、景時はこれでも鎌倉殿の懐刀と目される身である。余計な情報は漏らさないし、あたりさわりのない話題しか提供しない。そのためにも既に手元の文はしっかりと読みこんでいるのだろうに、そろそろ話が終わるかと思われる頃になって、いかにも今思い出したと言わんばかりの様子で身を乗り出す。
「うん。あのね、二人とも、子供は好きかな?」
思い返してみれば、望美と朔にとって、この脈絡のまったく読めない唐突な景時の質問こそが、すべての発端となったのだ。
Fin.
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