朔夜のうさぎは夢を見る

紡がれることを許された現在

「いやー、疲れた!」
「将臣、もっとちゃんと拭け」
「え? これじゃダメか?」
「兄さん、ふきんがもうダメなら、新しいの使えよ」
「取り替えていいのか?」
「その食器、お客様用のやつ出してるんだから、ちゃんと拭いてからしまわないと傷むだろ」
「へぇ、そういうもんなのか。で、譲。新しいふきんってどこにあるんだ?」
「そこ、流しの横の引き出しの、二番目」
「お、あったあった」
「それにしても、よかったですね。喜んでもらえて」
「譲の腕が良いからだろう。知っているつもりだったが、やはり、すごいな」
「はいはーい! 俺の盛り付けの腕は?」
「ああ、確かに。予想外のダークホースだった」
「褒めてる?」
「褒めてるだろう? お前にこんなセンスがあるとは、知らなかった」
「確かに、俺も意外でした。兄さん、普段は全然手伝わないから」
「ふっふーん、もっと褒めたまえ」
「調子に乗るなよな、兄さん。でも、全体の演出といい、知盛さんはやっぱり凄いですね」
「あー、それもあるな。二人とも、テーブルセッティングとか、俺らの格好とか、けっこうマジマジ見てたしな」
「形から入って雰囲気で圧倒しておいた方が、多少のぼろも目につきにくい。やれることをやらないのは、愚の骨頂だ」
「……あれか? これが経験に裏打ちされた物言いってやつか?」
「見習ってもいいんだぜ?」
「超上から目線な笑い方だな、おい!」
「どうせ、こそこそ動き回っていたのはバレていただろうしな。ある程度、意表を衝いた演出を仕掛けなければ、単なるお目こぼしで終わる。それではつまらないだろう?」
「そこまで見越してとは思いませんでした。まさに、経験の違いってやつですね」
「おい、譲、騙されるなよ。それは経験の違いじゃなくて、相手への惚れ込み度合いと、ホワイトデーへの意気込みの違いってヤツだ」

勝因分析の密談

(諦めた時に試合が終わるなら、執念こそは確かにひとつの勝因たりえるのだろう)


Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。