夢追い人の見る夢は
関係ないこと、優先順位の低いこと。そう自身の中で割り切ることはできている。それでも、何の痛痒も覚えないというわけではないのだ。
宗家の者として、将として、一人の男として。知盛は気づけば、誰かに守られるのではなく、誰かしらを守る立場であり続けた。仕えるべき相手も、敬うべき相手も。そして、己より脆弱な女子供も。
よって望美のことを改めて“己よりも脆弱な女君”であると認識してしまえば、その姿に胸が痛む。名を負ったからには果たすべき責務がある。けれど、不可抗力によって己が思うようにさえ動けないもどかしさにも、覚えがある。
身の程をわきまえず行動しようとする姿には苛立ちも感じるが、若さゆえ、経験の少なさゆえの未熟さと思えば、責めるのも大人げない。それだけ己の役割を重く受け止め、真摯にあろうとしていることの裏返しなのだ。なんともいじらしいものではないか。
つらつらと巡る思考に、旅程にあった折よりも随分と寛容になったものだと、知盛は内心で薄く自嘲の笑みを浮かべる。ゆえんなど明白。あの娘を再び見出せたからだ。
彼女に手の届くところまで来られた。その安堵が、心にゆとりを生んだ。それだけのこと。ならば少しぐらい、自己満足に過ぎないとは知っていても、年甲斐もなく八つ当たりをしてしまったことへの償いぐらいはするべきかとも思う。自分がしっかと立ち回ることは、ひいては彼女へ彼らの注目が集まることを妨げる布石にもなるだろう。
「神子殿がおられないなら、二手にでも分かれるか?」
ちょうど会話に区切りがついたらしいところでふとそう口を挟めば、驚いたように首を巡らされてしまう。
向けられた視線が何を物語っているのかはいちいち問いただすまでもなかった。そうされるだけの自分の振る舞いやら態度やらへの自覚もある知盛は、軽く肩をすくめてごく当然に続ける。
「呪詛の種のありかを探すだけなら、さほど人数もいるまい。別れた方が、効率がよかろう」
「……お前、やる気あったのか?」
「なければ付き合わん」
しみじみと返されたのは、知盛の想定からいささかずれた驚愕の理由。あまりの物言いに蒼褪めている敦盛と譲、楽しげに唇を歪める弁慶、唖然としたままの九郎を置き去りに、からからと笑う将臣の陽気さは、慣れゆえのものか、生来のものか。
「まあでも、その通りだよな。よし、適当に分けようぜ」
「でしたら、元・源平で別れますか? 三人ずつですし、属性の偏りもないですしね」
「俺は異存ない」
「俺もだ。ついでに、見に行く方面も決めちまおうぜ」
さすがに兵を率いていた経験が生きてくるのか、ちらと自分達の陣営に振り分けられた面々の表情を見やり、九郎と将臣は大まかな方向性を擦り合わせていく。
適度に見回り、夕刻に高館で落ち合おうと取り決めて二手に別れてから、改まった様子で将臣は己の背後を歩いていた知盛を振り返る。
「で? 本当のところ、どういうつもりだよ?」
「どういう、とは? 別れた方が、効率がいい……それだけの、こと」
「そうじゃねぇ。それはわかったけど、そうじゃなくて、」
そこでいったん言葉を区切り、将臣は思案を巡らす。ふさわしい言葉が、出てこないのだ。
何が、というのは言えない。けれど、違うのだ。あからさまに違う。先日までの彼と、今の彼とでは、何かが決定的に違う。だが、それを指摘するための言葉が思いつかない。
煩悶する表情から将臣の内心を探ろうとでもいうのか、じっと見据えてくる深紫の双眸に偽りの色はない。何かを演じている時の硬質な色ではなく、ごく親しいものと共にいる時だけに見せる穏やかなきらめきが、真摯に将臣を見つめている。
「お前、望美のこと嫌いなんじゃなかったのか?」
考えに考えた末、出てきた言葉はあまり適切なものとは言い難い。しかし、的を外してもいないだろうと諦め、将臣は妥協してでも話を先に進めることを選ぶ。
「あんなに面倒くさそうにしてたのに、いきなり効率がいいとか言い出すって、どうしたんだよ?」
「一門に累ある中で、“神子殿”を厭うておらんのは、お前や敦盛ぐらいのものであろう」
「はぐらかすなよ」
淡々とした口調は常と何の変わりもなかったが、形式的な言葉であることは声がわずかに微笑んでいることからすぐにも察せた。隠そうと思えばこの男のこと、声音さえ完璧に繕えるのだから、今は将臣の拙い言葉にもその内心を察し、すべてを諒解した上でからかっているのだ。
思わず拗ねた表情を浮かべてしまった将臣に、知盛は今度こそはきと笑う。気安く、宥めるように。
「別に、神子殿に含むところなぞ何もないさ。……ただ、俺の心持ちが、いささかか変じたというだけだ」
籠る万感を隠そうともしない声に、今度こそ将臣は何も言わなかった。何も言わずに唇を引き結んで、何事もなかったかのように「行こうぜ」と踵を返す。
高館に連れ戻された望美らを出迎えたのは、意外な人物であった。
「お戻りなさいませ」
にこやかに微笑み、優雅に指を床に置く所作は実に洗練されている。梳き流された髪はやや色艶に欠けるものの、よく手入れが行き届いている。つまり、上流階級にある存在。
「いかがなさいましたか、菖蒲の君」
望美を支えるという役割を負っていればこそ膝を折ることをしなかったが、かしこまった様子でかなう限り頭を下げたあたり、銀にとって目上の存在なのだろう。ぼんやりとした思考回路でそんなことを思いながら、望美は見覚えのない女の、けれどどこかで聞いたことのある名前を記憶に辿る。
「泰衡様よりお許しを得まして。世話役の一人も置かないとのことでしたが、わたしならば構いますまいと」
やんわり告げられたのは、彼女が新しく高館で働くことになったという事実。あまりにも複雑な事情ゆえに誰を巻き込むこともできないと、なかば意固地になって九郎や弁慶が藤原家からの申し出を断り続けていた、その事情に携わっているのだという新たな人物の登場。
「なんぞ、手はご入用ですか?」
問いかけはありふれたものだった。そして、まだこの時、彼女の瞳にはありふれた類の想いの光しか、宿ってはいなかった。
Fin.