夢追い人の見る夢は
白龍の姿が変化するのは、これが初めてではない。とはいえ、以前に見知っているのは今回のものとは真逆の変化。すなわち、幼い姿から青年の姿へのそれ。
「力が、汲み取れなくなった」
先よりも多少は顔色がよくなったように見えるのは、姿を保つのに必要な労力が減らされたからであろう。見かけの姿が成長した折に力が満ちたと喜んでいたのなら、退行をその裏返しと推測するのはいかにもたやすい。
「龍脈が穢された原因は、わかりますか?」
肩を落とす白龍の身を望美に預け、視点をさらに沈めてから弁慶は怜悧に問いかける。
「怨霊か、呪詛か、あるいはまったく別の要因か」
人の身である弁慶には、これまでの事象に照らし合わせての推測しかできない。だが、白龍であれば別だ。じかに影響を受けるということは、じかにその要因を探ることも叶うということ。指折り挙げた可能性に、白龍は悲しげに表情を歪める。
「呪詛が芽吹いたんだ。とても嫌な力に、五行が掻き乱されている」
「では、その呪詛を祓えば、乱れもおさまるということですね?」
「うん」
神の合意と共に端的に状況をまとめ、視線を巡らせれば心得たように神子と八葉は頷く。
「とにかく、まずはこの周辺を探ってみましょう。白龍にこれほど大きな影響が出ているということは、この地の五行が穢されているとみて、ほぼ間違いありません」
「そうだな。望美と弁慶は、とりあえず白龍についている方がいいだろう。後は、俺達で手分けをして探せばいい」
「簡単に言ってくれるけどな、九郎。呪詛って、そんな簡単に見つけられるもんなのか?」
人員の割り振り方としては実に妥当であろうが、なさねばならないことへの不確定さに将臣が異を唱えれば、九郎もまた眉間に皺を刻んでしまう。気に聡い白龍を連れ歩くわけにもいかず、いざという時のために望美と弁慶は白龍の傍に置いておきたい。だが、残る八葉は気の流れだのなんだのにはあまり明るくない面々ばかりなのだ。
とはいえ、他には方法がないことぐらい将臣にもわかっている。代替案を思いつかないのが自分だけかどうかを確認したかっただけなのだろう。すぐさま「まあ、しょうがねぇか」と自身の発言を撤回するような言葉を紡ぎ、気を取り直した様子で銀を振り返る。
「最近、ここで何か妙な噂とか、聞いてないか?」
「妙な噂でございますか?」
「そ。怪奇現象とか、幽霊目撃談とか、何でもいい」
中尊寺の敷地はそれなりに広い。白龍が調子を崩した地点の周辺を重点的に探すべきではあろうが、それ以外の場所に原因がある可能性も排除はできない。そも、呪詛を植え付けるということは五行の流れに少なからず反する行為なのだ。根源の周辺には、必ず何かしらの影響が滲み出る。
手っ取り早く候補地を絞り込むつもりなのだろう。平泉の案内にとつけられているからには内情に明るかろう銀に問いかけた将臣の思惑をすぐさま察し、居合わせる面々の視線は自然と一点に集中する。しかし、思案気に記憶を辿っているらしい銀が答えを紡ぐよりも先に、白龍が弾かれたように視線を上げたのだ。
つられて視線が流される先には、大人達に唐突に見据えられてたたらを踏む幼い少女の怯えた表情。装いが違っているものの、見覚えのある顔立ちに幾人かは剣呑さを緩め、見知らぬ面々はただ純粋に、子供を怖がらせてしまったことへの罪悪感にばつの悪い表情を浮かべる。
そして、そのどれとも違う反応を示した人物が、なにげない様子で膝を折る。
「――萌葱の姫」
呼びかける声はやわらかく、手招くように差し出された腕は優しかった。思いがけない展開に唖然とする一行を置き去りに、少女はぱっと頬を紅潮させてちょこちょこと駆け寄ってくる。
「あにさまっ!」
必死に両手を差し伸べ、飛び込むようにして少女が抱きついたのは知盛の首筋。何の躊躇もなく急所を明け渡し、知盛はそっと小さな体を抱きとめてやる。
「あにさま、お会いしたかった!」
「姫は、息災のようだな。……母君は、ご健勝か?」
細い腕できつくきつく抱きついてから身を起こし、同じく外された武骨な手を今度は必死に小さな両手で包みこみ、少女は嬉しそうに笑う。
「ははさまはお元気です。でも、あねさまが、」
穏やかな問いににこにこと答えたと思えば、あっという間に声を湿らせて俯いてしまう。幼いながらも艶やかに調えられた髪に表情が隠されてしまうが、知盛の手に添えられた指先が白く色を失う様子から、少女がどんな思いを噛み殺しているかは察するにたやすい。
「あにさま、いつからここにいるの? どうしてあねさまのところに来てくれないの? あねさまのことが、心配じゃないの?」
詰るように言葉を重ね、きりりと上向けられた瞳は責める色を湛えて知盛を睨み据える。それを受けて、知盛は切なげに眉を寄せる。
Fin.