夢追い人の見る夢は
結局、倒れてから三日目にはかなり強引に床を抜け出していた知盛も含め、高館に住まう全員が門に勢ぞろいしていた。出かけるからにはと上着になりそうな衣を取りに一旦部屋に戻っていた望美と朔がどうやら最後だったらしく、メンバーの意外な取り合わせに思わず「あれ?」と声を上げれば、全員からの視線が痛いほどに突き刺さる。
「なんだ? この期に及んで、まだ忘れものか?」
「将臣くん、ひどい!」
「先輩、兄さんの言うことなんか、気にしなくていいですから」
つい反射的に反論を紡げば、いつものように譲が望美に味方する。そして、ひどく憎々しげに「兄さんも、失礼なこと言うなよ」と将臣に釘をさすのも忘れない。
「あー、はいはい。で? なんだよ?」
将臣は譲のいっそ冷淡な苦言になど慣れたもので、適当に聞き流してから改めて望美を見やる。
「あ、えっと。知盛、もう動いていいのかなぁって思って」
遠慮がちに呟きながらちらと見流された先で、当の知盛は無表情のままただ静かに視線を返す。
「ああ、そっちか。それなら、弁慶のお墨付きだからな。出かけるのも、今日からようやく解禁」
八葉に対しては律儀に全員が何らかの敬称つきだというのに、呉越同舟の逃亡の後、熊野で初めてまっとうに言葉を交わした平家の将に対してなぜ名前を呼び捨てにできるのかとか、なぜこうも親しげな様子なのかとか。将臣には思うところがないわけでもなかったが、敦盛に問うても譲に問うても理由は思い当たらないし、知盛自身がとても不可解そうにしている。
相手によって言葉遣いから態度までを実に見事に使い分ける知盛は、反して自身に向けられるそれらに対してあまり頓着しない性質である。少なくとも、将臣の目にはそう映る。初対面からいきなり呼び捨てにされた折りにはいささか面食らっているようだったが、咎めもしなければ無視もしない。ただ淡々と、必要最低限に相手をする。
聞けば、育った世界の異なる相手に自分の常識を求められないことは、将臣で存分に学んだとのこと。あからさまに皮肉な物言いであったが、言い返せない過去と言い返さずにすむ現在があるため、将臣は何も言えない。
「治ったの?」
「……別に、病を得ていたわけではない」
ついで視線が注がれた先にいた知盛は、ゆるゆると瞬いてから言葉を紡ぐ。
「霊地をおとなうというのであれば、ご一緒させていただいた方が、俺としても利がある……ご同道を、お許しいただけますかな?」
恭しくこうべを垂れ、ちらと上向けられた双眸はひたすらに無色。慇懃な言葉遣いはまるで敬意など孕んでおらず、かといって他意も感じられない。ただ圧倒的な存在感だけがそこにあって、望美は呑まれるように顎を引く。
「うん。一緒に行こうか」
そしてなにげなく返した言葉に、なぜか知盛は切なげに双眸を細めてから「ありがたく」と小さくうそぶく。けれど、その意味を知る者はいない。
銀が「平泉の美しさを」と称していたのは決して誇張などではなく、山をあでやかに染め上げる紅葉も見事だったが、中尊寺もまた素晴らしい寺院であった。先触れを出している様子は見られなかったが、龍神の神子らが訪れているという情報が届いたのだろう。高位の僧らがこぞって姿を現し、案内をさせてほしいとにこやかに申し出る。
せっかくの歓待の意はありがたいのだが、素直に受けるべきか否か。悩みに悩んで、結局熱意に圧される形で承諾の返事をもぎ取られた望美が、少し離れた場所から一連の遣り取りを見守っていた面々を振り返れば、つられるようにして視点を滑らせた僧らのうち幾人かが、あからさまに顔色を変えた。
「神子殿」
その変化はあからさまなものであったが、望美には由縁もわからなければ対象もわからない。仕方ないので視線の方向にいる顔をぐるりと見回しはじめたところで、口を開いたのは知盛だった。
「俺は、庭で待たせていただこう。……高館にお戻りになられる前に、お声をかけていただければ、幸い」
「知盛?」
一方的に言い置いて、ふらりときびすを返してしまう。
「おい、一人でうろうろすんなよ!」
呆気にとられて見送る望美の目の前で、その行動をたしなめながら続いたのは将臣。
「望美、悪ぃけど俺も外しとく。さすがにまだ、一人で放っておくわけにはいかねぇからな」
「それは構わないけど……」
律儀に足を止めて振り返り、拝むように両手を合わせてから小走りに知盛の後を追った将臣をさらに見送って、望美はようやく己のすぐ脇に佇む僧侶を振り返ることに思い至る。
Fin.