空の果てる場所
あまりにも唐突にすぎる終末劇に、感覚が追いつかない。それこそすべては幻だったとでも言うのか、花弁の一片さえ、どこにも残されていない。
ただ茫洋と、幻を現実だと証す唯一の残り香を見つめる先に、ゆるりと重衡が足を進める。
「大儀にございました」
鞘と水晶の傍らに膝をつき、深々と頭を下げる。どこまでも礼儀正しく、恭しく。ありとあらゆる感慨を篭めて。
震える背中が、悲しげに丸められている。そのまま兄達の名残に縋るようにうなだれている青年の正面に、そして風が舞い降りる。
「楔は必要か?」
問いは唐突に。玲瓏と響く声はどこまでも透明で、立ちはだかる存在感はどこまでも圧倒的。世界のすべてを従えるように、姿を結んだのは美しき蒼き人影。
「ヒトはかなしむために証を求むと言うが、それゆえに繰り返すというのなら、私はそれを見過ごせない」
「……貴方は?」
「お前の兄に、終わらぬ絶望を許したモノ」
視線を持ち上げ、掠れる声で誰何した重衡に、影は超然と笑む。あまりにも残酷な答えを添えて。
息を呑んだのは誰だったろう。もっとも、それはあまり関係のないこと。かの存在は、何を言ったのか。それこそが肝要。
「なんだ、聞いていないのか?」
アレも、実に面倒なことをする。誰に聞かせるでもなく呟き、影はことりと首を傾げた。
「アレは確かに死の関を越えた。だが、それは我らの思惑の帰結と、私の許容ゆえに」
「一門の行なった死反しの術にて還ったのではないと?」
「あんな児戯とは違う」
言ってふと指を揺らめかせれば、風が巻き起こって鞘と水晶が影の手中に収まる。
「そうだね。あえて当てはめるなら、そこな子供と似たる帰結か」
示された視線の先には、不意に意識を向けられたことに驚いて目をしばたかせる天の玄武。まったく話の脈絡が読めない一同の中で、しかし神なる青年だけが悲しげに視線を伏せた。
「ああ、なんだ。さすがに自覚はあったのか?」
「……私の定めた枠は、確かに世界の理を歪める一端になった。それはわかっているよ」
「ゆえ、我らはお前に裁く権利を与えない。詰る権利も、嘆く権利さえも許さない」
冷厳と言い放ち、影は侮蔑の色を隠しもせずに白龍に向き合う。
実に不可思議なやり取りだった。乱れ、歪んだ龍脈を正し、理を整えて世界を救うためにこそ神子を選び、この世界へと招いたはずの神こそが世界を乱す一因だったと語る。それを、どちらも否定しない。なんとも矛盾だらけの会話が成り立っている。
「歪みは歪みを招き、衰微は衰微を招く……。一歩間違えば、次の一歩も踏み誤る」
謡うように嘯き、影はついと冷笑を閃かせる。
「お前がかほどに人間じみているのは、ヒトに創られたカミだからか?」
それは、誰も知らない歴史を明かす、驚愕の発言だった。
「わからない。私は私の在り方しか知らない。貴方のような、まったき神のことは、わからない」
「謙虚であることは、慈しもうよ」
薄く、口の端の角度がほんの少しだけ変わる。それだけで、侮蔑が憐憫とわずかな後悔に塗り替えられる。
「お前も誤った。我らも誤った。けれど、この世界に生きるのはヒトの子らゆえに、身を砕くのはヒトの子」
「それが、あの銀の獣のゆえん?」
「そうだよ。あまりに憐れな、魂の帰趨」
苦く溜め息を吐き出し、影は呟く。我らに、わかるはずのなかった悔恨を知らしめた存在、と。
Fin.