導なき道
始まりは終わりを連れてくる。それは、死が不可逆のものであることと同じほどに、人々が憂い、嘆く世界の真実。その絶対の定義に従って、二人の紡ぐ剣舞も、やがて終わりに辿り着く。
「有川、面倒をかけたな」
ようやく口を開いたと思えば、その声は笑っていた。望美達に背を向けた状態で動きを止め、輪郭をほとんど夜闇に溶かし込んでいるくせに、何の感慨も宿していない軽やかな口調で。
「重衡、後を頼むぞ」
「……しかと」
次いでかけられた言葉に深く腰を折り、握り締めた拳を震わせながら答えた弟に小さく笑声をこぼし、穏やかに微笑んだ声が「息災でな」と続ける。けれど、決して振り返ろうとしない。決して目を合わせようとはしないまま、と背中合わせの位置で、知盛は天を仰ぐ。
「いい夜だ」
その人となりをすべて知っているとは言わない。望美が知っている知盛はあくまで軍場における姿がほとんどなのであり、かなしいほどに、羨ましいほどに、ひたすらに潔く己の道を貫いて生きていると、そのことしか知らなかった。何を言っても壇ノ浦で身を投げてしまう人。だから、還ることなどもってのほかだと思っていたのに、現にこうして還っているのだから、きっと彼にはまだ望美の知らない何かがあったのだ。
「やわらな夜闇は、お前に似ている」
先の将臣と重衡に向けていた声を、望美はこの時空の、この場所ではじめて耳にした。それとはまた趣を異にする深く優しい声で、知盛は最後に何かを惜しみ、悼んでいる。
「どうせ眠るなら、お前に齎されるあの水底の眠りを、と……そう、かつても願ったものだが」
声が遠のいていく。姿が夜闇に溶けていく。刀身を浸蝕する焔が、芯を失って徐々に勢いを衰えさせていく。
「なればここにて、眠りにつかれませ。今度こそ、あなたを呼ぶのではなく、送る声をこそ織り続けましょうゆえに」
知盛とは対照的に俯いたの視線の先で、ついに刀身は焼き尽くされて柄がじわじわと削られていく。
「眠りを誘い、安らげるための歌を」
そっと微笑む声が、それはいい、と呟いた。いつの間にか納まっていた風がふわりと巻き起こり、それに乗って花弁と共に声が届けられる。なのに、それに乗って巻き上げられた花弁に遮られて薄紅色に染まった視界が、すべてを覆い隠してしまう。
花弁が天に送られ、そして開けた視界が次に映したのは、対を失った舞い手の姿。花弁に包まれ、完全に刀を失ったらしいは胸元で両手を握り締めていたが、やがてゆるりと袖を広げる。
小太刀の代わりに指先が握っていたのは、紫水晶の揺れる組紐。あくまでもやわらかな動きで、奉じられるのはしめやかな舞。舞いながら、朗々と紡がれるのは鎮魂歌。どこまでも静謐で、穏やかで、ただひたすらに哀切だけを載せた声で送り続けられる、約束の証。
そして再び吹きぬけた風が、歌い手の声をざわめきの向こうに隠し、舞い手の姿を花弁の嵐の向こうに隠す。咲き乱れていたありうべからざる花々を一斉に散らし、地に一片の花弁も残すまいというかのように、天に吹き上げる。
鮮やかで艶やかで儚い花嵐が凛と去った後には、ただ紫水晶の首飾りと、刃を失った空の鞘だけが静かに横たわっていた。
Fin.