あの日の渇仰
視神経が焼き切られそうなほどの、暴力的な光の嵐だった。直視などできるはずもなく両目を腕で庇い、轟音を立てる大気のうねりにたたらを踏んだ体は、今度こそ知盛の両手で抱きとめられる。
悲鳴など聞こえなかった。勝利を喜ぶ快哉も聞こえなかった。風が渦巻く気配の向こうに、響き渡るのは鐘の音。透明で荘厳な音が幾重にも幾重にも鳴り響いて、この迷宮の最後を告げている。
「いけない。このままでは、埋もれてしまうよ」
徐々に薄れる光と風の向こうから、白龍の切羽詰まった声が急かすのを聞く。
「埋もれる? どういうことです?」
「ここは、神子の心が作り上げた、虚ろの迷宮。荼吉尼天を封じておく必要がなくなったから、あるべき姿に戻ろうとしているんだ」
ようやく自由がきくようになった視界の中で、敦盛が望美を助け起こしているのを見ていた。荼吉尼天の封印に全身全霊を振り絞り、精根が尽きてしまったのだろう。自力で動こうとしてよろめく様に、彼女がこの戦いに何もかもをぶつけたことを、ぼんやりと確認する。
耳を済ませれば確かに、鐘の音の向こうでガラガラと重いものが崩壊する音が響いている。急がねばならないと思いはするが、最後の最後に体の奥底から引っ張り出した何かのせいで、もまた指一本動かせないのだ。
「大丈夫かい?」
とりあえず、動けないほどの重傷者がいないことを確認し、来た道を戻ろうと動きはじめた面々の中からヒノエがひょっこりとを覗き込む。
「とにかく、ここを出るよ。姫君が欲しかった真理に辿り着けたかはわからないけど、このまま残っていたら、戻れなくなるみたいだからね」
いいかい、と。確認する口調でありながらその実、言葉の内容は決定事項であった。不敵な笑みはとても綺麗で、頼もしい。美形は得だ。良い子で、強い人。どこまでも敵わない。つらつらと浮かぶ感想が集約されて、力の入らない表情筋をへにゃりと情けない笑みにかたどるのが精いっぱいだけど。
「――行かないと」
肯定を返そうと思ったのだ。それは確かだったのに、意に反しての口が紡いだのは、明確な否定の意思だった。
ガラス越しに世界を見ているようだった。大きく見開かれたヒノエの紅の瞳と、ぴくりと強張った支えてくれている知盛の手の存在は確かに感じ取れる。けれど、指先の一本さえ、の思い通りには動かない。
ゆらと踏み出したのは、立つはずのなかった自身の足。小刻みに振動を伝える床を力強く踏みしめ、捉える知盛の指からさりげなくも容赦なくすり抜ける。
「あの人にこれ以上の絶望を押しつけることなど、わたしは認められない」
希望を捨て去った終焉など、もうこれ以上はいらないはず。狂気と慈愛を背中合わせに、絶望の向こうで微笑ませたりなどしない。
お願い、お願い。満足などしないで。虚空に溶けることを是となどしないで。
選べなかったわたしは、もういない。
だって“わたし”は辿り着いた。次こそはと願った夢に、辿り着いた。だから“わたし”も辿り着く。
許されるならと願った、確かに望んだ、“あなた”と共に在る夢に。
透明な瞳に狂おしいほどの恋情を宿したの姿は、どこか遠かった。そのままおぼつかない足取りで踵を返して明らかに彼らが進もうとしていた方向とは真逆に足を向けたを、我に返った様子で知盛が引き留める。
「行くな」
告げる声は硬質で、脆くて、切ない。
「“お前”は、ここで生きているんだ」
夜闇色の瞳が惑うように歪み、唇がわななく。けれど、声は発されない。その瞳から思いは汲み取れなくて、の真意は誰にもわからない。
「……謝らないからな」
独り言のような呟きだったが、そこに篭められた殺意にも似た嫉妬は明白だった。戸惑うことで動けずにいる体を引き寄せ、首裏に手刀を入れて意識を奪い取った知盛が、ひょいとを担ぎあげて「出るんだろう?」と一同を見渡す。
Fin.