朔夜のうさぎは夢を見る

存在を許されなかった希求

 そう、迷惑なのだ。
 関わると決めた以上、知盛は知盛なりに、この状況に至極真面目に向き合ってきたつもりだ。
 彼らが源平合戦の立役者だと知ったから、少なくとも日本史における当時の状況は調べなおした。ついでに自分のルーツが少なからぬ関わりを持つことを認識したので、実家に問い合わせて何かしら古い資料なりが残されていないかをさりげなく聞いてもみた。
 唐突に染みついてしまった戦闘能力は不気味だったが、必要とされる場面で惜しんだことはない。そして、出会ってからまだ一月も経っていない相手に対してこんなにも距離を縮めて付き合うのも、知盛にとっては異例中の異例。だというのに、中途半端に感情を差しはさむことでスタンスを決め切れずにいられては、理不尽に思うのも無理はないと主張したい。
「お前達は、何がしたいんだ? 元の世界に戻りたいのか? それとも、この曖昧な夢とも現実とも知れない時間で、ずっと漂っていたいのか?」
 言い放って睥睨した先では、感情を逆撫でされたらしい瞳と、困惑したらしい瞳とがそれぞれに知盛を見返してくる。
「それぞれがそれぞれに隠し事をして、思惑を持って、バラバラに立ち回って何ができる? 足を引っ張りあっていては、終焉は遠のくばかりだぞ」
「……アンタは、じゃあ、何がわかるっていうんだい?」
 溜め息交じりに言い捨ててやれば、獰猛な感情を押し殺しながら噛みついてくるのは紅の瞳。


 そういえば、この中では彼が一番目的がはっきりしているように見える。そんな呑気な感想を抱く一方で、表情ばかりは白々しく、知盛はうっそり嗤い返してやる。
「葬る必要がある」
「何を?」
「あの迷宮の奥に棲むモノと、あの迷宮が繋ぐモノを」
 それは、根拠のない確信だった。証左を示せと言われても何も出せないが、核心を捉えている自信はある。あの刃を手にしてから、知盛は自分が『知るはずのない』記憶を身内に降り積もらせている感触を持ち続けている。
「お前達が嫌だと言っても、俺は葬る。そうしないと、“俺”の日常が戻ってこない」
「葬るって、どうやって? 何が棲んでいるのか、アンタはまだわかっていないんだろう?」
「方法は知りもしないが、正体の察しはついている」
 そして、棲まうすべてを葬る術はなくとも、少なくとも知盛にはそのうちのひとつを葬る術はみえている。
「お前達には、視えないだろうがな」
 嘲るのではなくて、致し方のない事実として。だって、彼らはその齟齬に気付けないだろう。それはどうしようもない。なぜなら、彼らにとってそれは自身の記憶であるけれど、知盛にとっては見知らぬ夢。
「あそこには、存在するべきではない“記憶”が渦巻いている」
 生きる世界を異にするがゆえの、絶対的な隔たりゆえの直観だった。


「夢と現実が混沌としているから、あんなことになっているんだろう? だったら、少なくとも自分にとっての線引きさえしっかり定義してやれば、俺は俺の日常を取り返せるかもしれない」
 加えて言うなら、が見ていたという夢もまた、同じようにして線引きさえすれば片をつけられるかもしれない。
 もちろん、それでは終わらないという可能性も存分に残されている。だが、それはそれだとも思っている。
「お前の言う通り、俺にできることなど、たかが知れている。今は妙なことになっているが、それでも、俺はしがない一般人にすぎない」
 混乱を滲ませながらも揺るぎ無い強い視線で見据えてくるヒノエをまっすぐに見つめ返し、知盛は長短含めたすべての思索を広げてみせる。
「だからこそ、できることは余さずやる気になる。やるだけのことをやっても片付かないなら、どうしようもないと諦めがつく」
「それじゃあ、終わるとは限らないじゃん」
「別に、終わるかどうかは俺の領分じゃない」
 もちろん、終わるにこしたことはないが。そう付け加えて、知盛は悠然と笑った。
「少なくとも、“俺が終える”ことに、意味があるんだ」

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Fin.

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