記憶にいない君との思い出
がヒノエと共に鶴岡八幡宮の境内に辿り着いた頃には、残る面子は既に勢ぞろいして扉を鋭く睨みつけていた。
ちらと視線を流してからさりげなく傍に寄ってきてくれた知盛の手には、先日現れた刀が握られていた。呼吸を殺すことで泡立つ背筋をそっと宥め、あからさまにならないよう細心の注意を払って視線を引き剥がす。
「状況は?」
端的な問いは、ヒノエによるもの。応じて視線を寄越した弁慶もまた短く「芳しくはないですね」と告げる。
「中には、怨霊がいる」
既に溢れ出てきた一体を葬ったところだと付け加えたのは、表情の起伏が読めないリズヴァーンの低い声だった。まだ耳慣れない、しかし存在の異質さが既に身に叩きこまれたその単語にぴくりと肩を揺らし、は惑う。では、この先に進むにあたって自分のような戦う術のないものが混じっていては、足手纏いにすぎないのではなかろうか。
「さん」
そんなの不安を見透かしたように、透明な声がざわつきかけた空間を引き締める。
「私達が、絶対に守ります。だから、お願いです。一緒に来てください」
強くて、透明で、どこか張り詰めた声。有無を言わせぬ力強さと迷いのなさは、彼女が駆け抜けたという戦場によって齎されたものなのだろうか。彼らの強さを疑う根拠はどこにもない。だからには、その誘いを断る理由など、どこにも存在しない。
いざ進むにあたり、さらには九郎から小振りの刀を突き付けられた。
「使えないわ」
持っていろ、という意味だろうと考え、それはすなわち己が身は己で守れという意味かと察した。だが、複雑な表情の九郎は小さく首を振る。
「振るえなくてもいい。“お前”には違和があるかもしれんが、懐刀を持つのは願かけでもあるんだ」
「お守りのようなものかしら?」
「そうだな。それに、何もないよりはいいだろう」
独り言にも似た呟きは重く、真摯。ほんのわずかにやわらげられた表情に背中を押されるようにして受け取った刀は、ひどく重い。
「手放さずにいろ。あと、思いを揺らがせないことだ」
そうすれば、滅多なことにはならん。深く、強く。与えられた忠言に顎を引き、は表情を引き締め直す。
踏み入った先は、美しき地獄だった。おぞましい声を上げて襲いかかる怨霊とやらを、望美を中心に展開する面々が次々に切り裂き、突き刺し、薙いで薙いで血路を開く。足手纏いにならないようにと意識を凝らしてちょろちょろ動き回るとは対照的に、しゃらりと涼しげな表情で刃を引き抜いた知盛は、実に手慣れた様子で四肢を舞わせる。
進みたい先があるのならば切り開けばいい。掴みとり、踏破する。理屈はわかっていても、それを実体として見せつけられるのは実に爽快で、凄艶だった。ようやく第一波が片付いた頃には、既にお互いの動きを把握したのだろう九郎と背中合わせで刀を納め、伏した深紫の瞳が満足げに笑っているのをは見る。
「武術の心得があるだけではないようにみえる」
見事なものだ、と。そう賞讃の声を向ける九郎に、知盛は薄く嗤い返す。
「それでも、お前達の郷愁には追いつけないんだろうがな」
「それは――」
「コレが、教えてくれる」
困惑交じりに言いさした言葉の先に興味はないとばかりに、畳みかけて軽く持ち上げるのは二振りの小太刀。場に居合わせる全員が思わず視線を向けるのなどとうに感づいているだろうに、まるで気にせず知盛は九郎を見据えて、より深く嗤う。
「どう振る舞えばいいか、どう斬ればいいか、どう絶てばいいか」
嘲りをどこかに感じさせる口調だというのに、そっと柄を撫ぜる指先は優しい。
「刃は、かなしみをこそ覚えているものなのかもしれないな」
嘯かれた以上の何を感じ取ったからの感慨なのかは、誰にも問いただすことができなかった。
Fin.