記憶にいない君との思い出
ほとんど卑怯と言ってもいいだろう絡め手を駆使して自身の異能を告白させられたのは、つい先日のことだ。
夢を見る。意味深で、不可思議で、あまりにも現に触手を伸ばし過ぎた夢を。
暴かれることはこの上ない恐怖だったが、暴かれてしまえば残ったのはどことない安堵感だった。
知られたくなかったのは、彼が知ることによってを見捨ててしまわないかと恐怖したから。
どこが、とか、何に、とか。そんなことを聞かれても困るが、気づけば惚れていたのだ。もう、どうしようもない。惚れてしまった以上は嫌われたくないという思いが強くなるし、少しでも負の要因になりそうなパーツは取り繕いたくなる。
そして、そんな恐怖を軽やかに跳びこしてだからどうしたと笑い、むしろやはりお前は飽きないなと変に感心されてしまえば、いっそう惚れこむというもの。
一人で抱えるということは、いつばれるかと怯え続けるということ。暴かれてしまったということは、その絶え間ない恐怖から解放されるということ。
もう怯えなくていいのだから、はこの秘密を暴かれることへの恐怖はろくに抱いていない。知人や友人にばれるというのならともかく、見知らぬ他人にばれることへの感慨など、無いに等しい。
逡巡はまばたくほどの時間。ちらと目線を上げた先では、試すように深紫の双眸がを見やっている。さあ、どうする、と。言葉にされずとも、問われている内容は鮮やかに脳裏で再生される。
「あなた達は、この状況を理解しているんですね?」
「完全に、とは申しませんが、恐らくあなた方よりは」
どうやら、交渉事においては弁慶が全権を握っているらしい。ひどく丁重な口調なのは、他人に対する彼のスタンスなのか、自分達に対して何か思うところがあるからなのか。どことなく不愉快そうに彼らを見据える知盛の様子に引きずられるにとって、弁慶達への親近感は今のところマイナス。だが、なんとなくとはいえ根拠が見えている今回の不機嫌は、いたずらに警戒心を煽る要因にはならない。
じっと、逸らされもしなければ揺るぎもしない視線は、きっと人を騙すのに向いている。そんな失礼なことを思ってしまった自身を小さく嗤い、は顎を引いた。
とりあえずの合意を得て、とにかく場所を移そうと言い出したのは知盛に縋りついて震えていた青年だった。自宅が近いからと笑い、名前を告げる声はすっかり明るさと強さを取り戻している。見たところ年齢はそう違わないだろうが、良い子だな、というのがの素直な感想だった。
連れていかれた先は、住宅街の中でもひときわの異彩と存在感を放つ広大な日本家屋。
「もしかして、おぼっちゃま?」
「さぁな。家の格式など、当人の人間性には関係ないものだろう」
毎日を退屈そうに過ごしているくせに、意外に知盛は事なかれ主義の一面が強く、何事もない日常を好んでいる。の異能には飽きさせないと言いながら、日常がそっくりそのまま、こうして非日常に呑まれそうになっていることが面白くないのだろう。刺々しい言葉の選び方が、内心で渦巻く不本意さを声高に告げる。
外観もすさまじかったが、中もやはり広い。庭に面した明るい一室に通されて、将臣の弟だと名乗った青年が人数分の茶を持って戻ってくる。その間に「僕は薬師でもあるんです」と笑っていた弁慶が知盛の腕の治療を買って出て、さらには“神子”と呼ばれていた少女による不可思議な行動が挟まれる。
そうして全員が腰を落ち着けるのを待って、ようやくはこの唐突に降って湧いたような非日常の住人たちと、まっとうに向き合うことが適ったのだ。
さてひとまずは。そう言って一通りの紹介をもらったところで、は既にこの場を辞して帰路につきたい思いにひしひしと駆られていた。
歴史に名高い源義経に武蔵坊弁慶が、目の前に座っている仏頂面と優男。壇ノ浦の合戦のことは、いくら日本史が得意とはいえないだって知っている。その海に沈んだ平家のリーダーが将臣で、さらにはこの世界からタイムトリップをして、敵を追いかけて戻ってきました、などと。加えて言えば、その面子には人ならぬ存在が含まれていて、八幡宮の境内で知盛を呼び止めた白銀の青年が神であると。
そんなことを言われて、はいそうですかと納得しろというのは無理難題である。
「追ってきた異国の邪神を打倒したところまでは良かったのですが、今度はなぜか、龍脈が乱れてしまって元の世界に戻るための扉が開かないのです。その原因を探っている最中に、あの八幡宮へと辿り着きました」
そこまで言って小さく視線を伏せ、実に痛ましげな表情で弁慶は続ける。
「あなた方を襲っていたのは、怨霊です。本来ならばこの世からあの世へと渡るはずの魂が、成仏しきれずに歪みを得て、存在をひずませてしまった姿なんです」
「龍脈が乱れている原因は、まだわかんねぇけどな。怨霊と龍脈の乱れには、関係があるのが定石なんだ」
言葉の途切れ目に将臣が説明を継ぎ、そしてひどく鋭い視線でただ呆然と説明を聞くことしかできなかったの瞳を射抜く。
Fin.