朔夜のうさぎは夢を見る

霞のような記憶

 街中は今や赤と緑を中心に、きらきらしいイルミネーションに彩られている。そういえば、何年か前には青系のライトアップが流行ったこともあったが、やはりこの季節は赤と緑だろう。緑はともかく、赤が象徴色となったのはつい最近のことで、どこぞの飲料メーカーの世界的マーケティング戦略の成功例だというのは有名な話だったが、別に構わない。つまり、楽しければそれでいい。
 バレンタインはチョコレートで、赤と緑はクリスマスカラー。その常識に染まろうが染まるまいが、今のところにとって日常を楽しめるか否かは、のんびりと隣を歩く男の存在にかかっている。
「退屈させてる?」
「……無駄な人込みよりは、マシだな」
 もっとも、二人が目指している場所は、別にクリスマスだからといって赤と緑にこだわるような区域ではない。慶事においては赤を基調に、弔事においては黒を基調に。クリスマスを間近に控えたデートスポットとして決して定番とは言えない場所をうろついているのは、ひとえにの主張である。
「じゃあ、もう少し楽しそうにしてもらえない?」
「だからといって、おもしろいとも言っていないだろう?」
 くるりと瞬いて視線が流され、言葉尻は喉の奥でくぐもる独特の笑声に溶ける。皮肉な言葉を選んで使いたがる傾向にあるが、この男は本当につまらないと判断した際にはその旨をストレートに伝えてくる。よって、一緒に歩いてふらふらすることを否定しない程度には今の時間を楽しんでいるのだと判断して、は横目に見上げていた視点を前に戻す。
「お参りしたら、どこかに入ってお茶しましょ」
「お前、ダイエットをするとか言っていなかったか?」
「今日は有休!」
 からかう色と呆れの色が半々ずつ載せられた声には、「ちゃんと努力はしているからいいの」とも付け加えておいた。


 夢見が悪いのか虫の居所が悪いのか、このところずっと機嫌のベースが不機嫌モードで推移していることは察せていた。そんな中であえてクリスマス一色に染められた、いわゆるデートスポットに行きたいと言い出す選択は、の中に存在しない。機嫌をとりたいというのではなく、不機嫌の理由がわからなかったからだ。
 こういう時の相手は、体調不良を燻ぶらせていることが多い。ふてぶてしい性格に反して繊細な体質を抱えているという事情を知っていればこそ、過ぎると言われても心配のタネが尽きないのはどうしようもない。
「で? 何か、手がかりになるようなものは見つかったのか?」
 俺には目ぼしいものなど見当たらないぞ。ぼそぼそと独り言のような音量で話すのは、くつろいでいる証拠でもある。本日の機嫌は良好、と内心で小さく笑ってから、少し違う理由では現実にも笑声をこぼす。
「平良くんは、興味ないのかと思ってた」
「………名字で呼ぶのはやめる、と言わなかったか?」
「ああ、うん。ごめん。ええと――知盛くん」
「“くん”づけは、こそばゆいんだがな」
 見下ろされる中で呼ぶことがそれこそこそばゆくて俯きながら言いなおせば、深い諦めに濡れた声でぽつりと感想が降ってくる。もっとも、にだって譲れない一線がある。
「呼び捨ては無理」
 名字で呼んでいたのを下の名前にするだけでも労力が半端ないというのに、いきなり呼び捨てはハードルが高すぎる。悪気はないのだが、習慣は抜けないし、違和感が先に立つのは逆に二人が一緒に過ごした時間の長さを物語ると言い訳をしたこともある。そして、そういった諸々の言い訳を呑んで妥協してくれるぐらいには、知盛はに甘い。
「せめて、善処は期待するぞ」
「ベストを尽くします」
「どうだか」
 呆れながらも声が笑っている。その優しさにありがたく甘えることにして、は最初に指摘された本日の主目的へと意識をスライドさせていく。


 体調不良の火種を抱えていると判断すればこそ、なんとなくデートをしようかというだけで細かいことを決めていなかった曖昧さをいいことに、ではお互い好きなように過ごせばいいかと思っていた。だが、意外に細かく律儀な性格をしている知盛から、どこか行きたいところはあるかとの連絡が入った。
 無理はするなと言えば、お前、何か隠しているだろうと指摘される。このあたり、本当にこの相手は勘が良い。
「一応、この辺で一番霊験あらたかっぽいスポットを選んでみたんだけど」
 繰り返し、ぼんやりと見る夢がある。そのことを知盛に相談したのは、隠し事をしていると指摘され、もはや無理だと諦めたからだった。
 霊感なるものなのだろうか。は昔から、夢を通じて悟りのようなものを得ることが少なくなかった。天気だったり、失くしものの在りかだったり、示される内容はその時によってまちまちなのだが、共通項がひとつ。それが、第三者の視点ではなく自分ではない“自分”の視点で紡がれた夢であるということ。
 同じなのに違うと『知って』いる自分の部屋が、見覚えのある自分の視点で展開されて、それゆえに失くしたはずの物の場所を知ることもあった。夢で雨に降られたからとなんとなく折り畳み傘を鞄に入れておいたら、現実に雨が降った日もあった。
 なんだか不気味な気もしたが、どうせ他愛のないことであるし、黙っていれば誰にいぶかしまれることもない。よってそのまま便利に利用して生きてきたのだが、今回の夢は放っておけなかった。
 これまでと違い、他愛のない内容などではない。目に映る光景は覚えていなかったが、第六感とも呼べるだろう何かがひしひしと、禍々しくも圧倒的な“神”の存在を伝えてきたのだ。
「京都や奈良あたりに行った方が良かったんじゃないのか?」
「学生さんはお金がないんです」
 何を示しての夢なのかはわからないが、何もかもがわからないままで放置しておくのもまた気分がすっきりしない。どちらかと言えば自己満足のために原因を探そうと思うのだと素直に伝えれば、では付き合おうかと知盛は何の気負いもなく頷いた。ついでだから、どこか泊まりで旅行にでも行くか、と誘われたのも素直に嬉しかったのだが、こうして地元に留まっている理由は、先立つものというやつである。

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Fin.

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いらっしゃらないとは思いますが、無断転載はやめてください。